長編・第一部

第七章 攻防
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謎の抗体『X‐naught』を奪り還えせ!

第七章   攻防



 鷸坂和臣邸・地下研究施設。

その最奥部に位置する実験室に、桜羅は居た……。

そう、真っ白な部屋の中で、真っ白なベッドの上に、全身麻酔で眠らされていた。

それだけではなく、ベッドの周りには実験に使われる多くの精密機械やパソコンやモニターなどの機材が置かれ、それから伸びる何本ものビニール線が桜羅の身体に巡っている。



「これから『新種抗体:X-naught』耐久実験を始める…」



言葉を発したのは、白衣を着た鷸坂和臣本人だった。

その隣には彼の秘書的存在の鷹官秋が立っている。

そして彼らを筆頭に、数人の白衣を着た研究員と三人の看護士が、ベッドを囲むようにして立っていた。



「過去、この実験は失敗している…。だが今回は俺の開発した“新薬”を事前に投与してある。その“新薬”は今回の実験には画期的な効果を現すだろう……。前回よりは遥かに良い結果が出る筈だ…」

『……』



研究員達や看護士達は、目の前に眠る何も知らされずに連れて来られた哀れな被験者を見下ろしている。

和臣の言う“新薬”は、数ヶ月前に和臣自身が開発した物だが、これはまだ発表されていない。

ただ今回行われる、十三年前に中断した『“X-naught”の人体臨床実験』を補佐する為に必要な薬品である事は、何度もの検証や優秀な研究者達の見解により、間違いはなかった。

和臣は好成績で大学を卒業した経歴があり、卒業後も病院と大学を行き来しては、素晴らしい研究成果を出し、功績を称えられている。

問題があるのは人間関係や性格であり、頭脳ではないのだ。

だからこそ、危ない事もあるのだが……。



「………『X-naught』を…」



手術用の手袋を填め、マスクを着けた和臣が、『X-naught』の入れられた注射器を、鷹官から受け取る。

そしてその針を桜羅の腕に静かに差し込んだ――――――……。






 実験開始からすでに数十分の時間が流れていた。

実験室の前には二人の男が立っている。



「光栄ですね…。まさかまた貴方とご一緒に仕事が出来るとは…」



一人は、赤屍蔵人。

そしてもう一人は……。



「……依頼人から依頼を頼まれた時は、予想もしていなかった……。あんたが連れてきたあの女が、美堂蛮の“女”だったとは…。…思わぬ好機だ…」



愛刀を持つ手に力が籠もる。

その人物は、昔起きた或る事件をきっかけに、蛮を“仇”として命を狙う、弥勒夏彦だ。



「私も最初にお会いした時は驚きましたよ……。でも、あの美堂君が随分と大切になさっている少女だという事で…少し興味が湧いたんですよ……」

「……『大切に』…ね…」



愛用の刀を取りだし、鞘から刀身を出す。

廊下のライトに照らされた刀身には、夏彦の冷ややかな笑顔がくっきりと映っていた…。



「だが…、その『大切』な女も、中にいる異常な探求心の持ち主に、壊されるかもしれないな…」



フッ…と不適な笑みを浮かべ、夏彦は再び刀身を鞘に納めた。



と、その時……。

侵入者を知らせるセキュリティシステムの警報音が、鷸坂邸全体に響き渡った。






 ビーッビーッと、五月蠅いくらいに邸内を警報音が響き渡る。

鳴り始めてしばらくして和臣が実験室から出てきた。



「…来たようだな。…弥勒、『護り屋』としての仕事、きちんと果たしてもらうぞ…。Drジャッカル、既にお前の仕事は終わっているが、楽しんでいくといい…。『奪還屋』達とは、何やら関わりがあるようだしな…」



和臣のその言葉を聞くや否や、赤屍は廊下を去っていく。

楽しそうな、嬉しそうな笑みを浮かべて……。



「女は…」



夏彦が尋ねると、和臣は白衣を脱ぎながら静かに言った。



「部屋に寝かせてある…。しっかりと護ってくれよ……『眠り姫』をな……」

「……フッ…。…あんたはどうする…」

「……悪いが…俺は脱出させてもらうさ…。今回の実験は、合法的に認められてない…。警察に捕まって、研究が出来なくなるのはゴメンだ…。君が彼女を護ってくれさえすれば、データは自動的に大学の研究室のラボに送られてくるしな…」

「…随分、余裕だな……」

「そうか?…まぁ、例え彼女を奪還されても、抗体の投与は済んでいる……。経過を見る機会は幾らでもあるさ…。……金は指定された口座に振り込んでおくぜ…。失敗してもちゃんと払うから安心していい…。…じゃ、あとは頼むな…」



そう言って階上へ上がる階段を静かに上っていった。

夏彦は、冷ややかな笑みを浮かべながら去って行く依頼人を、静かに見据えていた。
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