The Kingdom of GodU

□第十章 暗闇は光を包んで
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母の消息が途絶えた後、俺は盥回しにされた挙句孤児になった。戦中にそういう子供が生き抜くには食べ物や金を盗むのは当たり前、何の疑いもなく獣のような生活をしていた。あの日、彼女に会うまで人であることを忘れていたのだ。

八年前の夏の日の昼間、当時十七歳だった俺はある客船に乗り込んだ。

乗客と共に正面から乗り込み、足が向く方向に進んだ。辿り着いたのは日の光が入らない薄暗い所、その奥にある部屋が食料庫のようだ。

扉に手をかけ、用意していた針金を鍵穴に差し込む。そんなとき近くで扉が開く音が聞こえた。

捕まっても構わない、むしろ捕まった方が牢獄の中で衣食住が約束される、夢のようだと思っていた。だから慌てることなく振り向いたのかもしれない。しかし後ろには誰もいなかった。


海面に一番近いため冷たい空気が流れるばかり。閑静で日の差さない空間が急に恐ろしく感じた。

耳を澄ますと聞こえる小波の音が誰かの泣き声にも聞こえる。ドアノブから手を話し、微かに開いている隣の扉の隙間から室内を見回すと、大きな機械が並ぶ場所に小さな子供が蹲っていた。

「何やっているんだ?」

疑問に感じたことが口に出る。ハッとして口を抑えるが、子供は顔を上げていた。

ゆったりと波打つ金髪の髪を二つに結わえ、ピンクの質の良いワンピースを纏った清楚な少女はとても美しかった。そのラベンダー色の瞳には抱えきれないほどの涙を浮かべている。少女はその目で俺を確認すると再び泣き始めた。

育ちの良い子供と接するのは初めてだった。いきなり泣かれて途方に暮れるのは仕方ない。無視することができず、彼女に近づいて小さな背中を擦ってやった。


数分後、泣き止んだ少女は急にお喋りになった。どうやら彼女に妹か弟ができたらしく、その子の外見が両親に似ていたらどうしようかと怖くなったらしい。自分の瞳の色は両親と違うとも言っていた。

柄にもなく最後まで付き合ってしまった俺は軽く後悔する。そんなとき彼女は立ち上がり笑ってこう言った。

「お兄ちゃんは優しいね、ありがとう。」

鈴の鳴るような清らかな声、軽やかに走り去る少女。俺は呆気に取られてただその姿を見守っていた。


(優しいなんて言われたことあったっけ?ありがとうなんて何年聞いてないだろう。)


彼女に掛けられた言葉は甘い呪縛のように俺の心の奥に浸透していった。獣と化した心を人間に戻す魔法は一人の孤児を変えてしまったのだ。





そして今年の冬、あの船の上で彼女と再会した。十六歳の娘へと育ったコーラルは何も覚えていないようで、なおかつ表面的な俺に好意を抱くようになっていた。

彼女の気持ちは嬉しい、しかし自分には感謝の気持しかない。恩返しの一貫で彼女の好みを探り、紅茶を入れ、同様に偽物の自分を好きになった彼女の期待を裏切らないように本物の自分を隠していた。

なぜ罪悪感もなく犯罪に手を染めていた俺がここまで尽くしているのかわからなかった。八年前から彼女が関わると自分を失ってしまう。それを感付かれたくなくて、冷たく突き放してしまう。

しかしやっとその疑問に気が付いたときにはもう手遅れだった。俺は彼女が言うように優しくなかったからだ。





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