The Kingdom of GodU

□第十一章 聖水の中で眠れ
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ホールの端から出てきたのは大統領の娘にそっくりな女、しかし娘と違って気の強そうな人だった。

彼女が持ってきたお盆には三つの瓶が乗っている。中には乳白色の液体が入っていて、まずそれを娘に飲ませた。次に隣にいるルカに手渡され、彼も飲み干す。それを確認してから俺の方に歩み寄ってきた。

俺の腕の中で動かないオレンジがかった金髪の娘、その横で彼女の名前を呼び続ける碧の髪の母親を見た瑠璃色の瞳が心なしか怪しく光った気がした。

「この娘が貴方の子供でなければ助けてあげたかもね。」

低く冷たい声に鳥肌が立ち、コーラルの母親が振り返った瞬間お盆は逆さまにされていた。瓶が地に落ちる間がやけに長く感じ、ガラスが割れる音と同時に時間が正常に流れ始めた。

床には液体が放射線上に飛び散っていた。虚空を掴んだ手には少しだけ液体が掛っている、何とも言えない虚しさが全身に伝わる前に大統領夫人が場の空気に合わない高笑いを始めた。

「酷い顔。いい気味だわ、なんて清々しいのかしら。私の夢を奪った償いにしては軽いけれどもこれで許してやってもいいわ。」

俺の横にいる碧色の髪の女性は生唾を飲み相手を見据えた。時間が経つにつれてその表情には困惑と焦りが込み上げていた。

「メイジァ」

「気安く呼ばないで、今は国の最高権力者の妻よ。戦争で力を失った貴族の貴方とは違うのだから。」

そう言い放つと女は俺に向き直った。まがまがしく、歪んだ愛想笑いが詰めよってくる。ふと彼女は耳元で小さく囁いた。

「王子様、私の娘を后にすると宣言して頂ければこの子の薬を調達致しますわ。」

彼女の母親に対する態度との差や、思わぬ言葉に開いた口が塞がらなくなってしまった。

即効性の猛毒が少女の体を蝕んでいる。獣のような生き方をしていた俺に人生を与えてくれた大切な人、何に変えても失うわけにはいかない。俺は口を開こうとした。



(俺が今苦しめば、いつか運良く彼女との子孫が助かるかもしれない……だから苦しくないんだ。)




「解毒薬の材料が届くころには娘は生き絶える。……簡単に人を信用してはいけない。」

耳に響いた声は悲しそうだった。声の主はコーラルの母親の元にいる大統領のボディガードのもので、とても小さかったので俺にへばりついていた悪魔には聞こえなかったようだ。

人を信じてはならないという言葉を教訓にすれば、彼の言葉も簡単に信じる訳にはいかない。しかし悲しい気持を押し殺して搾り出したような声を疑うことができなかった。大統領とその妻に見つからないように視線だけ声の主に向けた。

コーラルと同じオレンジがかった金髪の男、サングラスを掛けているがその表現は痛々しいほど伝わってくる。瀕死の娘を抱き締めずに、大統領の部下の一員を装う彼の手の平は血でにじみそうなほど強く握られている男性は今にも怒り狂いそうだった。

声の主はコーラルの父であるジェフ=リオルド。俺が勤めている船中で長年に渡り最高のもてなしを受けてきた資産家、しかし本当の身分は貴族最高位であるキスリング家の子息だという情報は最近大統領から聞たものだ。

上級貴族シュトラウス家の令嬢である活発すぎる彼女の母親と違い、どんな時も常に優雅で気品に満ちた男性が怒りを露にしているのだ。しかし当の本人は全く気が付いていなかった。




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