The Kingdom of GodU

□第十六章 古の恋心
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割れてしまいそうな頭を必死に起こして深く息を吐く。いつになく体が言うことを聞かず、重たい瞼を開けるのに時間を使った。

ぼんやりとする視界は緑色しか映らない。いつ森に入ったのだろうと記憶を遡ろうとしたが、徐々に視力がもどり、虹彩の色だということに気がついた。

澄んだ緑色の瞳には真っ白な顔をした私の姿が鏡のように浮かんでいる。ここまで生気のない自分の顔を見たことがなかったため、まじまじとその姿を観察していると瞳の中の私は溺れてしまった。

「コーラル、よく頑張ったわね」

突然そう話しかけてきた声は震えているのに力強く耳に馴染む。生まれてから一番聞いている声、私の母親のものだった。

「ママ」

そう呟いた音はひどく掠れていて、とても小さかった。それでも母には聞こえたのか、コクリと頷くと私を抱きしめた。

身体の感覚が鈍くなっていたのであまり感じなかったが、その力はとても強かったと思う。すぐに父親も泣きながら駆けつけてきて、私たちを包むように抱きしめた。

懐かしい家族の温かさが心地よく、再び眠りにつきそうになったが、彼らの後ろの景色が目に入って意識がはっきりしてしまった。

「なんで二人ともここにいるのよ」

両親はどこまで仲が良いのか……二人して同じ顔をした。目覚めた娘に突然そんなこと言われるとは思わなかったのだろうが、意気が合いすぎていて少し引け目を取ってしまう。

率直に物事を言ってしまう自分の短所は寝起きの瞬間から発動するものらしい。不意に黒髪の青年に言われたことを思い出してまた心が痛くなった。

好かれたいのに空回りする自分が情けなくて涙が浮かび、せめて流さないようにと必死に溜め込んだ。居たたまれなくなり視線を外すと悪夢が再び舞い戻る。

ここまで散乱していた覚えはないが、両親の背後には夢だと思っていたパーティ会場があり、多くの怪我人が傷の手当てを受けていた。状況からして私は倒れて心配をかけたのだろうが、腑に落ちない点がポツポツと浮かび、頭によぎったことが口に出てしまったのだ。

未だに質問したいことはたくさんある。それを率直な言葉だけではなく、頭にあるものをすべて声にしようと努めた。

「ここはイリュシェ共和国でしょう。両親もリフもいなくて、やっと会えたママは記憶喪失だった」

焼けつくような喉からは掠れた声しか出てこない。それでも伝えようと懸命に口を開いた。

「それにずっと何かを隠していたけど、二人共貴族なんだってね。パパの本当の名前はオーウェン=キスリングだって大統領が言っていたの。……私に嘘付いていたの」

体の感覚が鈍いのに頬を濡らす水だけはちゃんとわかる。押し込めていたあらゆる感情が溢れだし、自分一人では収集がつかない状況になっていた。

たまに母が父を呼ぶ名前を誤ることが不思議で仕方なかった。何かを隠していることはわかっていたし、いつか話してくれると信じて待っていた。

知ってしまった今では、歴史的にもとても深刻であることもわかっている。こんな我儘を言ったらいけないのに、言わないと心が砕けてしまいそうだ。

家族のことが大好きで、離れたときはとても怖かった。でも両親はそんなこと微塵も感じてないのかもしれないと、たったひとつの隠し事で思ってしまうほど、私は弱い女の子なのだ。

返答が怖くて、心を守るように胸元に手を置く。指を掠めたネックレスのチャームが肌身放さず持っていた紫水晶であることを思いだし、きつく握り締めた。




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