短編集

□タバコの味
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授業なんてすっぽかしてやった。
あの授業以外は、全部つまらないから。

屋上はお気に入りの場所。
誰にも邪魔されないし、吹いてくる風がすごく気持ち良くて。

煙草を吸いながら一人でたそがれていたら、あの人が現れた。

「うわっ」
「うわ、じゃない。なにしてんだよ。高校生がそんなもの吸ってちゃダメだろ」
「あ」

おれのくわえていた煙草は、彼によってスッと抜き取られ、それは彼の口へと運ばれた。

(……間接、キス)

「っせんせー。せんせーがそんなもの吸っていいんですかー」
「先生は大人です」
「だからってここは学校ですよ、せんせっ」
「何言ってんだ。未成年のくせに吸ってるお前のほうが重罪だ、ばか。……ほら、お子様にはこれやる」

そう言って、彼はスーツの胸ポケットからシガレットを取り出た。
それからそのシガレットを無理矢理おれの口につっこんだ。
さすが砂糖のかたまり。
すごく、甘い。

「……なんでこんなの持ってるんですか」

シガレットなんて子供が大人を真似て食べるお菓子。
おれも小学生の頃は、格好良く煙草を吸う大人に憧れて、一年中シガレットを口にくわえていた。

今ではそんなんじゃ我慢できなくて本物に手を出してしまっているけれど。

「……あー。禁煙中」
「せんせ、吸ってますよ?」
「うん、無理っぽい。今まで頑張ってたのにお前がおいしそうにプカプカ吸ってるから。お前が悪い」
「ふっ、俺のせいですか」
「そう」

「ってか授業はどうした」
「さぼりです」
「この不良が」
「ははっ、だってつまらないんですもん」
「でもさ、お前、俺の授業にはいっつも出てるじゃないか」

いたいところを突いてきた。
この人は、わかって言っているのだろうか。

「……すきだから」
「え?」
「公民は、好きだから」
「ああ、……そう。……あーいかん、話がそれた」

彼は何も乗っていない手の平を、おれの前に差し出した。

「ん?」
「まだ残ってるだろう?タバコ、没収」
「あぁ……」

おれはしぶしぶ煙草の入った箱を渡した。
箱を渡す時に、彼の指が少し触れて、ちょっとだけ胸が高鳴った。

「よっし。あ、つぎお前のクラス、公民だかんな」
「げー、まじですか」



(――……あー、あっま。)

あの人がここから去っていったいま、口の中の煙草の味はすっかり消え、砂糖の甘さがいっぱいに広がっていた。


(というか言われなくてもそれくらい把握してますよ先生。なんせ、あなたの授業なんだから。)

おれは若干心を弾ませながら、教室へと足を運んでいった。









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