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□不意打ち
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…よく見りゃコイツ、あの明久が妙に可愛がってるウェイターじゃねえか?
最悪のタイミングで俺の前に現れやがって…これがアイツ本人だったら色々やらかす所だ。
「なぁお前、アイツのお気に入りなんだってなぁ?」
「…………だったら何だ」
「は? だったら…って」
うわ、顔色1つ変えやしねぇ。しかも自信満々かよ。普通否定するだろこういう話題は。
「…………1つ、言わせてもらう」
呆れたようにため息をついたウェイターは身体に不釣り合いなデカいビール樽を床に起き、どこを見つめるでもなく小さな声でポツリと呟く。
「…………お前みたいな奴は沢山来る。そして大体TOP10にも入れずに脱落する」
「なっ……んだと!?」
瞬間、カッと頭に血が上った。
何でこんな名前も知らないような奴に好き勝手な事を言われなきゃならない!
クロスタイを纏った胸倉を掴んで生意気な顔をこっちへ向かせた。
喉を圧迫されているのか今まで無表情を決めこんでいた顔は眉間に皺を寄せた苦痛の表情へ変わる。
「…………げほっ、く…るし…」
「ウェイター風情が…口出しするな!!」
大声で怒鳴るなんて心底みっともないが、さっきの久保とのやり取りの後の俺の頭はバカみたいに怒りで煮えたぎっていた。
どいつもコイツも好き勝手文句ばかり言いやがって…
「てめぇ…俺をその辺の奴等と一緒にするんじゃねえぞ…」
真っ白なシャツの襟に俺の左手がぎりぎりと食い込む。
驚く程軽いコイツの身体は片手1つで爪先立ちになる程で、力の差は歴然だ。
「…………っ、離せ」
それなのにこの達観した目付きが俺のイライラを増幅させる。
何でこんな名前も知らないような下っ端にこの俺が…!!
「この野郎…!!」
俺の右手が拳を振り上げた瞬間――
「恭二君!土屋君!そこで何してるんだい!」
よく通る久保の声がバックヤードに響く。
この絶妙なタイミングで割って入るなんてそんな都合の良い話があるかよ。
どいつもこいつも立ち聞きとは趣味が悪い。
確かに俺はまだTOP10に入っちゃいない。
3ヶ月なんて長すぎるリミットだと思ってたところだ。丁度良い。
「一週間で結果出してやるよ…」
「…………ビッグマウス」
「…んだとてめぇ!!」
「君達!さっさと開店準備をしたまえ!恭二君は営業電話!ほら動いた動いた!」
久保に促されバックヤードを後にする。
「土屋か…チッ、忌ま忌ましい…」
その後の1週間は、俺の人生の歴史に残るぐらい真面目な仕事ぶりだった。