連載
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俺が明久を好きな事を、あの雄二が気付かなかった訳が無い。
後から聞いた話だが、俺が自分の頭で理解するよりも早い段階で気付いていたんだそうで、その頭のキレっぷりに、問い詰められた時は首を横に振る事すらできなかった。
俺達は、始めからあんな風な関係だった訳じゃない。
明久が男の俺に恋愛感情なんて抱いていない事は百も承知で、それに対して俺も何か行動しようなんて微塵も思わなかった。
報われないに決まってる。
だからこの気持ちは墓まで持って行くつもりだった。
なのに、雄二に気付かれてしまうくらい、明久への気持ちが身体から漏れ出していたなんて。
無表情を決め込んでいたつもりなのに、我ながらまだまだ甘い。
雄二はそんな俺を理解し、受け入れてくれた。
時には愚痴を聞き、ものの20分も雄二と話せば自然と笑顔になった。
姫路が明久をピンク色のオーラで包み込んでる光景を目の当たりにした時も、雄二はその広い背中を使って、俺には見えないようにしてくれた。
「性欲処理ぐらいに思っておけばいい」
その言葉を聞くまで雄二の気持ちに気付けなかった俺を、心底恨む。
キーンコーン…
雄二と時間をずらしてギリギリで教室へ滑り込む。いつもの様に気配を最小限に抑えて。
でもこのクラスは、その扉を開けただけで耳がキンキンする程煩くて、気配なんか消さなくても誰も俺の存在に気づかない
「あー!!ムッツリーニ!」
「…………!」
はず、なのに。
どうして気づいた?
よりにもよって明久、お前が。
「…………何」
震える声を隠し、平静を装う。
大丈夫、情事の残り香に気付かれるようなヘマはしない。だけど相手が相手だ。心臓が早鐘のように高鳴る。
「すっっっごく探したんだよ!?いつもの場所も、校舎裏も、男子トイレだって!」
明久はそれこそ怒ったような口調だが、これが本気の怒りじゃない事くらいは俺にも分かる。
「…………何か、あった?」
頭上に「プンプン」という効果音を鳴らして明久が口を開いた。
「僕のゴスロリ写真!!姫路さんも美波も持ってたよ!? 僕の……生き恥をね!!」
「…………なんだ、その事か…」
頭を抱えてうわあああと嘆いているその姿はバカみたいだけど、明久らしくて微笑ましい。
女装コンテストの時の隠し撮り。
あれは2人がどうしてもと泣いて頼んで来たので仕方なく売ってやった物だ。
女の武器は涙だとはよく言ったもので、断る理由を話せる訳も無く、すごすごと言う事を聞いてしまったのだった。
だってそうだろ。
『俺だけが持っていたい』なんて、口が裂けても言えない。
「なんだ、じゃないよもう!僕にとっては一大事で―――」
しかし不思議だ、先程の淫らな行為の後にこうやって明久と何でもない会話を交わしていると、この瞬間、この場所でだけは、俺の心はひたすら純粋に、清らかに明久を想っているのだという錯覚に陥る。
俺の気持ちは、少し以前から『清らか』とは言い難くなってしまったにも関わらず、だ。
それなのに今、この瞬間は、しかめっ面の明久が近づいて来ると、ただそれだけで、情けないくらい顔が熱くなる。
その口が「ムッツリーニ」と声を発するだけで、息が止まる。
目を合わせようとする明久の無邪気さから、顔をあちこちに向けて逃げようとしてしまう。
「もう、ムッツリーニってば!ちゃんと僕の目を見て答えなよ!」
「――!!」
瞬間、身体が跳ねた。
顔を背けた俺の頬が明久の両手に包み込まれたのだ。
そしてそのままぐいと無理矢理に明久の方を向かされてしまう。
「あれ…ムッツリーニ?」
顔、熱いよ?
明久の唇がそう動くのが見える。目の前で。
俺が少し首を伸ばせば、簡単にその唇を奪ってしまえる距離で、だ。
「もしかして、熱でも……」
「…………な、無い。熱、なんか…」
唇を動かすだけで精いっぱいで、明久の真っ直ぐな視線に捉えられて目も逸らせない。
「でも…顔が真っ赤だし…」
頼むから、それ以上言わないでくれ。
俺自身が一番理解してる事を。
この俺のポーカーフェイスがここまで崩れてるんだ。いい加減気付かれてもおかしくないのに、その気配はまるで無い。
気付け。馬鹿。
嘘。こんな気持ち、気付かないで欲しい。