カラ松恋愛事変
□一日デート
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顔にかかる冷たい風が肌寒くてパチリと目が覚めた。
布団も掛けてあるし、両隣に兄弟が寝ているから温かいはずなのに、どこか寒い。
身震いをして起きると、窓が少し開いていて、カーテンが揺らめいていた。
そしてその窓辺には、腰掛けて佇む自身の兄、カラ松の姿があった。
黄昏てる俺、かっこいい!なんてまた痛いことを思っているのだろうか。はた迷惑もいいところだ。肌寒くて起きてしまった。
でも構うのも疲れるし、無視をして二度寝を決め込もうか。
そう思ったのだが、ここから見えるカラ松の横顔は、いつものかっこつけた様子とは違って、とても思い詰めているように見えて気になった。
隣に手を置くと、ひやりと冷たくて、長い時間窓辺にいるのが分かった。
いつも隣にいる兄弟がいないと、中々に寂しいもので、
「窓閉めてよね、風邪ひいちゃうじゃん。」
トド松は布団から出て、カラ松の隣に座った。
「起こしてしまったか」
「うん、どっかの誰かさんのせいで」
「う…すまん。」
しょんぼりと頭を垂れながら窓を閉めるカラ松を、横目で見る。
「寝れないの?」
「…ああ、目が覚めてしまってな。」
いつもならここで一言二言痛いセリフを言うのがカラ松なのだが、窓の向こうに目を向けて、ひたすらに何かを見つめている。
その姿は、なんだか元気がないようにトド松には見えた。
調子狂うなぁ…
いつも痛いことばかり言って、空回りして、厨二病を拗らせてる兄が当たり前だし、そんな兄を恥ずかしいと思っている。
一緒に歩くときも離れて歩いてほしいと思うときもあるし、少し黙っててほしいと思うときさえある。
それでも、カラ松は血縁関係のある立派な兄弟で、しかも六つ子で、カラ松が元気がないと、自分もどこか調子悪く感じる。
「カラ松兄さん」
「どうした、トド松。寝れないなら子守唄でも歌ってやろうか?」
「眠れないのはカラ松兄さんでしょ?」
「まぁそうなんだが…」
トド松はカラ松に向き直って、視線を合わせる。
「なんかあったの?」
「…なんかって?」
「そんなのしらないよ、でもなんとなく、そう思ったの。」
きょとんと呆けた顔をしたカラ松を見て、やっぱり心配なんかするんじゃなかったかなーとトド松は心の中で思った。
カラ松兄さんのことだ、大した理由でもないのだろう。
そう思ったトド松はまた布団に戻ろうと腰を上げかけたが、カラ松に右手を取られてすとんとその場にまた座る。
「え?」
驚いてカラ松を見ると、反対側の手も取られて、ずずいとカラ松の顔が近くなる。
「な、なに?」
「トド松、お前に相談があるんだ。」
「…へ?」
両手を握られて顔も近くて、正直言うとトド松はそんなカラ松を気持ち悪いと思った。
でもいつも自分の前では兄さんぶるカラ松が、自分に相談を持ちかけてきた。
しかも、その顔はとても必死な表情だ。
やっぱり何かあったのだろうか。
頼られる機会があまりないトド松は、カラ松の態度を不可解に思いながら、少し高揚していた。
「僕でよければ、話聞くよ?」
カラ松のこんな態度は中々無い。
面白いネタでも持っているのかもしれない、なんていたずら心をひた隠しにしながら、六つ子の中で一番あざといと言われる可愛らしい笑顔をカラ松に向けた。
そんなトド松をみて、カラ松は一つ胸をなでおろし、破顔の表情を浮かべる。
「ありがとう、トド松。
少し付いてきてくれないか?」
「あ、うん。」
そう言うと、カラ松は寝室から出て、一階へと降りていく。
誰にも聞かせたくない話なのだろうか、それともここで話していては寝てる兄弟に迷惑がかかると思ったからか、それはトド松には分からなかった。
でも、とりあえず前を歩くカラ松についていく。
「ここで待っていてくれないか。」
居間について、座るよう促される。
突然ついた明かりに、目がチカチカする。
眠いけど、眠くない。そんな不思議な感覚の中にトド松はいた。
それはカラ松の相談事がなんなのか分からず気にして興奮しているからかもしれない。
「あのカラ松兄さんに、悩み事ねぇ。」
なんだかこう口に出して言うと感慨深いものを感じた。
何か相談事といえば、カラ松の唯一の兄であるおそ松を頼っているイメージがあった。
そんな中で、自分に向けられた必死な表情。おそ松兄さんではなく、僕に持ちかけられた相談事。
一体なんだろうと思いながら、金の相談ならぶん殴る、とトド松は心に決めて、カラ松が戻るのを待った。
「待たせたな。」
戻ってきたカラ松は、紙袋を片手に持っていた。
そしてトド松の前に正座で座ると、真剣な目をこちらに向け、紙袋の中のものを床に散りばめる。
散らばったものは、洋服だった。
「カラ松兄さんにしてはセンスいいじゃん。どうしたの?これ」
「買った。」
「へー、珍しい。」
「これを明日着て行こうと思うんだが、その…」
「明日何かあるの?」
そうトド松が、目の前の洋服を眺めながら言うと、カラ松は途端に顔を赤らめもじもじし始めた。
「は?」
そんな奇怪なカラ松の態度に、何か嫌な予感を感じる。
「なに、どこ行くの?誰と?」
「えーと…」
「はっきりしなよ、カラ松兄さん」
顔に影を作り、カラ松を問い詰めると、いつもは痛いセリフしか言わないカラ松の口がゆっくりと開いた。
「デートに行くんだ。」
「…は?」
デートとカラ松が中々関連付けられず、トド松は困惑する。
「…男と?なわけないよね。」
「時雨は、とても可愛らしくて天使のような女の子だ。」
頬を赤らめ、はにかみながら言うカラ松を見て、トド松は口をあんぐりと開けて体を硬直させ呆然とする。
カラ松兄さんが、女の子と、デート…?
まさか、そんな馬鹿な。
この兄に限ってそんな。
こんな、痛くて、金もなくて、ニートで、厨二病拗らせてる兄と、デートする女の子?
「嘘だー!」
「嘘じゃないんだ、トド松。」
未だ照れ笑いをしているカラ松に詰め寄り肩を揺する。
「何々、その子と明日デートするの?いつの間にそんな相手できたの?!あり得ないんだけど!」
がくがくと肩を持って勢いよく揺らしているのだが、カラ松は抵抗もせず、笑って受け止めている。
「あ、だから僕に相談してきたのか!おそ松兄さんに相談しても、からかわれるか邪魔されるかの悪影響しか及ぼさないもんね!」
なんだよ!と、肩を揺らした勢いのままトド松は手を離したため、カラ松はその場で頭をぐらぐらと揺らし目を回している。
「で、何?その服は例の時雨ちゃんって子が選んでくれたとか?」
「なんで分かるんだ!トド松!」
「だって、カラ松兄さんが選んだとは到底思えないほどセンスいいもん」
トド松がじとりと睨むと、カラ松は身をすくめる。
だが、そこはいつものカラ松。
髪をかきあげ目を煌めかせ、いつものかっこつけを最大限披露する。
「ふっ、この尾崎スタイルの魅力が分からないのかトド松は、」
「今そんなこと言ってる場合じゃないと思うんだけど?」
だがすぐに一蹴され、カラ松の胸に矢が刺さる。
「だって、カラ松兄さん悩んでるんでしょ?この服をどうやって着こなすか。」
「…ああ。」
トド松や弟たちの前ではかっこいいと思われたいがために、すぐにかっこつけたがるが、今の立場はトド松がダントツで有利であるため、カラ松は黙って姿勢を正し、トド松の話に耳を傾ける。
「カラ松兄さんはどう思ってるの?」
「どうって?」
「明日はどういう格好で行こうと思ってるの?」
そうトド松がカラ松に促すと、カラ松はどこに隠していたのか一本の煌びやかなスキニーやドクロライダース、ドクロベルト、カラ松の顔写真入りインナーといった奇想天外なカラ松の私服を取り出し始める。
それを見たトド松は眉間にしわを寄せてばんと大きな音を立てて机を叩く。
「デート舐めてんの?!そんな格好じゃあ女の子が逃げちゃうよ!」
「それは困る!どうすればいい?トド松…。」
いつものかっこつけはなりを潜めて、自分に縋るカラ松の姿に、あ、これガチで悩んでるのかな、と察した。
このまま放っておいて自爆するのもいいかとトド松は少なからず考えていたか、必死なカラ松の姿を見ると心が痛んで、
カラ松が女の子とデートに行くのはとても癪だが、服装をアドバイスするぐらいはいいかと思えてきた。
「今度なんか奢ってよね。あと、僕のわがままに色々付き合ってもらうからね。」
「ああ!勿論だ!愛しのリトルブラザー!」
カラ松のファッションセンスを見て、トド松はため息を一つ吐いた。
でも、目の前に散らばる新品の服に罪はない。
この新品の服とカラ松を引き立たせるためのコーディネートをトド松は必死に考える。
必死で考えるのだが、隣に見えるカラ松の私服があまりにも痛々しくて、目も当てられない。
「なんでろくな服持ってないの!?もうほんとしょうがないなぁ。」
鼻息荒く居間を出て行き、また戻ってきたときには両手に自身の私服を持っていた。
「はい、立って」
「え…」
「まずこれ着て、時雨さんに選んでもらったやつ」
「ああ。」
「で、それだけじゃあれだから、これとこれ着て。僕の服汚したら頭ぶっ刺すからね」
「お、おう…」
「ねぇ、なんでここまで着てシルバー腕に巻こうとするの!いったいよねー!」
トド松はすかさずカラ松が手に持つシルバーやドクロベルトなどを居間の隅に放り投げる。
カラ松はそれをただ目で追い、呆然としていた。
ひとまず、トド松のコーデ通りに服を着替えたカラ松は、中々様になった出で立ちとなっており、トド松はほっと息をつく。
「さすが、僕。センスいいよね。」
「俺は、なんかこの格好落ち着かないんだが…」
「何?なんか文句でもあるわけ?」
「いえ、なんでもありません。」
トド松の前で縮こまるカラ松を見て、トド松は呆れた眼差しを向けながら、
「やっぱり自分と同じ顔なだけあって、顔立ちは悪くないよな…」なんて思う。喋らなければ中々にいい男のような気もするのだが、何かがとても残念なのだ。
まぁそれはカラ松兄さんに限ったことではなく、兄さん5人とも全員そうかと考えて、トド松は今一度、自身の兄たちの存在を恥ずかしいと思っていた。
「というか、カラ松兄さん。デートするお金あるの?」
「ああ、それは一応用意はしているんだが…」
これぐらいあれば足りるだろうか?と、カラ松はどこかから長財布を取り出し、ご丁寧に財布の中身をカラ松に見せる。
ひぃふぅみぃ、あ、結構入ってるじゃん。
財布の中を覗き、トド松は感心しながら連なった中の一枚をすかさず取り出す。
「あ!」
それを見たカラ松が驚きに声を上げ、焦りと動揺がない交ぜになった表情でトド松を見上げるが、トッティは一つ不敵に笑う。
「協力費だよ、これぐらいもらわないとね。」
ふふ、と不気味にも可愛らしく笑ってそれを自身のポッケの中に入れる。
「で、明日どこいくの?ちゃんとプランとか決めてるの?」
「映画にいくつもりだ。」
「まぁ、無難だね。そのあとは?」
「…え?」
「映画見てすぐ解散なわけないよね?ちゃんと考えてんの?」
そうトド松が問い詰めると、カラ松は正座のまま冷や汗を流し始める。
「え、考えてないの?」
「…浮かれ過ぎてそこまで考えてなかった」
「馬鹿なの?!」
はぁ…と一つ大きくため息を吐く。
このままもう寝てしまおうかとすら思えたが、頼むトド松!と頼まれて仕舞えば、ぐぅの音も出ない。
なんて言ったって、頼られることが少ない六つ子の末っ子であるからだ。
コーディネートの次はデートのプランまで考える羽目になり、トド松が眠りにつくことが出来たのは朝方も近い、午前四時を過ぎた時だった。
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