カラ松恋愛事変
□路地裏の猫
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小腹が減って何か買おうかと思いポケットに手を突っ込むが、その中には1円と10円しか入ってなかった。
猫缶、一個減らせばよかったか…
持っていた右手の袋が、ずしりと重く感じる。
はぁ…と一つ息を吐くと、一松はいつもの路地裏に向かおうとした。
だがその前に、ふと足を向けたのは、赤塚橋だった。
赤塚橋に近づいて、流れる川を見つめる。
何してんだろ、俺。
案の定そこには見知った顔はいない。
ちらほらと見ず知らずの通行人がいるだけ。その通行人が自分の格好をちらちらと見ているような気がして、一松は嫌悪感を感じた。
ジャージにサンダルの格好がそんなに珍しいんですか?
お前らどんだけ偉いんだよ机の角に小指当てて悶絶して死ね。
そう心の中で悪態を吐きながら、自然と視線を彷徨わせて見知った影を探している自分がいた。
先日カラ松に言われた言葉
『時雨が寂しがってたぞ』
寂しがってた、ね…。
毎週カラ松についていった最初の理由は、時雨に嫌がらせをするためだった。
時雨の第一印象は、なんだこの生意気なクソ女は、だった。
クソ松はその女のせいで余計気持ち悪くなっていたし、妙にそわそわして落ち着かないし、なんか嫌な予感がした。
俺のテリトリーに土足で踏み込んでくる害虫を駆除しなければと思った。
どうせすぐ飽きて逃げ出すのだから、それが早まったところでどうということはないだろう。
俺は悪くない。
悪いのは生半可な気持ちで俺たちの誰かに近づいたあのクソ女だと、信じて疑わなかった。
でも、あの女はしぶとかったし、何より、あいつは俺たちを対等に見て、接する。
だからか、時雨と一緒にいるクソ松の態度や行動、言動は、俺が大好きだった、カラ松兄さんのものだった。
そんなカラ松兄さんや時雨と三人で一緒にいる時間を居心地がいいと感じ始めたのはいつだったか…。
時雨の話す声が、聴き心地がいいと感じ始めたのは、
駆除しようと思っていた気持ちが薄らいで、俺もそばに居たいと思うようになったのは、いつだったか…。
もう最初っから、本当は気づいていたのかもしれない。
デートを尾行して、おでん屋台で酒を飲んでいた時から、なんとなく、
この女、悪い奴じゃないかもしれないな…と感じていたのは……。
赤塚橋に立ち、ぼぅ…と途方もなく川が流れる様を見ていた一松は、肌寒くなって体をぶるりと震わせる。
誰かの影を探して意味もなくここにいる自分が馬鹿らしく思えてきて、今度こそ路地裏に向かおうとした。
すると、向こうの方で見知った影があった。
目を凝らして何度も見るが、やっぱり前方を歩いていたのは、時雨だった。
あ、時雨だ…
そう思った一松は、先日カラ松に言われた言葉をまた、思い出した。
『時雨が寂しがってたぞ』
その次の瞬間には、いつもダルそうに歩いている一松が、驚くべき速さで走り始めた。
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