カラ松恋愛事変

□連絡
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毎週会っていた曜日、時間に、赤塚橋に、時雨が来なくなった。

一週あけて、二週も、カラ松は時雨に会いたい一心で赤塚橋に向かったが、そこに姿を現すことはなく時間だけがただ無情にも過ぎていき、気づくと1ヶ月も経っていた。


会えない日々が続くことに、堪らなく寂しさを感じた。

会えない間に、カラ松は時雨のことを改めて見つめ直した。
自分が時雨にどんな感情を抱いているのか、自分は時雨に会って何を伝えたいのか。

考えれば考えるほど、胸の中で燻る熱情は大きさを増していった。
胸がはち切れそうなほどの熱さを感じるたびに、自分の体を横たえさせたり、ごろごろと寝転がってみたり、
胸に手を当てて気持ちを鎮めようとした。

でもそれはほんの一瞬の気晴らしに過ぎなくて、
時雨に会えない時間が日ごとに大きくなっていくのと比例して、カラ松の中の時雨に対する想いもどんどんと大きく、そして強くなっていった。

一度気づいたら、もう止まることを知らない。
とても胸が苦しくて辛くて堪らなくなりそうになりながらも、
その感情を抱くのは嫌ではなくて、
寧ろ、その痛みもまとめて、カラ松は受け入れたいと思うようになっていた。

時雨が、好きだ。

心の底からそう思うようになっていた。
その気持ちは女神や天使に捧げる信仰ではなくて、恋愛感情であることにカラ松はもう気づいていた。
その気持ちは、どんなに自分を見つめ直しても嘘偽りはなかった。
いつから好きだったのか。
いつから自分はそう思うようになっていたのか。
はっきりとした日にちや曜日は分からない。
何がきっかけだったのかも分からない。

でも、確かに今の自分は、時雨に熱い想いを抱いていることは確かだった。
心から溢れて止まないこの感情は、確かな恋慕だった。

この気持ちを大切にしたいからこそ、カラ松は連絡を取ることができず、携帯を握りしめることしかできなかった。

何故赤塚橋に来れないのか
もしかして、体調でも崩しているのだろうか?
そんな疑問を抱え、心配しながらも、カラ松は時雨に詮索することは出来なかった。

何故ならそれは、いつも以上に、時雨に拒否されることを怖がったからだ。
もし今連絡をとって、音信不通になってしまったら、
時雨の口からもう会えないのだと、あなたに会いたくないのだと告げられたら
多分、耐えられない。

胸の痛みは鉛のように重たくなって、沈んで、二度と立ち上がらせてくれなくなるだろう。
胸の中にぽかんと出来た空洞に入ってくる隙間風の冷たさに、自分の身はすくんでしまって動けなくしてしまうだろう。

何よりも、
大事にしておきたい温かな気持ちが消えて霧散してしまうことが恐ろしく怖くて仕方なかった。
それほどまでに、自分のなかで時雨という存在は大きなものになってしまっていた。

ああ、時雨に会いたい…。

堪らないこの想いに、はぁ…と一つ息を吐いた時、自分が寝そべっていたソファの近くに自分の弟、トド松の姿を見つけた。
いつの間にそこにいたのか、少し疑問に思ったが、さして気になることでもない。
いつものように携帯を扱って誰かと連絡をしているようだし、邪魔をするのも悪い。
そう思ったカラ松はまた天井を向いて、自分の気持ちを落ち着かせるためにまた深い息を吐いた。

「溜息吐くと幸せ逃げるよ」
「幸せか…」

トド松に言われた言葉に、自分の幸せとは一体何だろうか、なんて考えてしまう。
働かないでも勝手に飯が出てくるこの生活は幸せだと思う。
幸せだと思うのだが、何故かそこで本当に…?と胸のつっかえを感じている自分がいた。
その疑問の理由はパッとは浮かばない。

トド松に注意を受けたにも関わらず、また陰気にため息を一つ吐いてしまうカラ松を、トド松は携帯をぽちぽちとしながら横目に見ていた。

「あのさ」
「うん」
「時雨ちゃんと何かあった?」
「ぶふぉっ!げほっ!」

突然直球に質問されてカラ松は思わずむせ込んでしまう。
そんなカラ松を、少し体を引き気味に、汚物でも見るかのような目でトド松が見やる。

「ちょっと!」
「ああ、すまん。」

涎やら鼻水やら様々なものが飛び散ったであろう口元を手の甲で抑えていると、ティッシュ箱が顔面に突然ぶつかり「ぶへっ」と間抜けな声を上げてしまう。
ティッシュ箱を投げつけたのは勿論トド松だ。

「…分かり易すぎでしょカラ松兄さん」
「そうだろうか。」

ふぅ、と一つ息を吐いて受け取ったティッシュ箱からティッシュを取り出して顔面を取り出す。
そんなカラ松を見て、トド松もまたまたソファに背中を預け携帯に視線をうつす。

「…心配かけてしまったか?」
「別に。」

トド松の愛想無い返事に対して、カラ松はそうか、とだけ返事をして、横たえていた体を起こしてソファに座りなおした。

「…あのさ、」
「ん?」
「そんなに携帯見つめるぐらいなら、連絡の一つでもしたら?」
「…え?」

カラ松が首を傾げトド松を見つめる。
だがトド松は携帯を扱っているため視線が合うことはない。
トド松の横顔を見てから自分の手元に視線をうつすと握りしめられた自分の携帯が見える。

確かに、先ほどからふと視線を向けてしまうのは、右手に握りしめた、何の反応も示さない携帯電話だ。
その携帯は熱を持っていて、自分がずっと握りしめてしまっていたことが伺えた。

連絡を、取れるならば取りたい。
その気持ちは山々なのだが、こちらから連絡してもいいものなのか、考えれば考えるほど、連絡が取りずらくなってしまった。

一頻り携帯を見つめてから、自分の膝の横に携帯を置いた。
すると置いた場所が悪かったのか携帯がコトン、とソファの下に落ちてしまった。
あ…と呟き、カラ松が落ちた携帯を拾おうとした時、その携帯はトド松の手の中にあった。

「ありがとうトド松。」

トド松から携帯を受け取ろうと手を伸ばすが、中々トド松は携帯をこちらに渡そうとしない。

「トド松?」
「僕ってさ、」

くるりとこちらを振り返ったトド松と視線が合う。
その視線が真剣な眼差しだったから、カラ松は少し心臓をドキリとさせる。

「結構兄弟がどうなろうとしったこっちゃないって思えちゃうタイプだと思うんだよね。
もう成人超えてるんだし、お互いに干渉し合う必要ないと思うんだよね。」

突然話し始めたトド松の話の内容があまりにもドライな内容で、カラ松は目が点になってしまう。
だが、そんなカラ松を他所に、トド松は顔色一つ変えずに話を続ける。

「一松兄さんが社会不適合者な事も、チョロ松兄さんがライジングしちゃうぐらい自意識過剰な事も、おそ松兄さんが天性の馬鹿で頭が幼稚なお子ちゃまな事も、正直どうでもいいんだよね。
勿論カラ松兄さんが存在痛すぎる超恥ずかしい僕の兄さんである事も含めてね。」

ついぞ折り混ざる辛辣な発言にカラ松は口元をヒクヒクさせる。
トド松、さすが兄弟たちにドライモンスターと謳われるだけのことはある。
そうカラ松が思っていた時、「けどね…」とトド松が言葉の端を区切った。

「全く気にならないわけじゃない、っていうか。
やっぱり、僕ら六つ子じゃん?誰かが沈んでると、こっちまで気分が落ち込むっていうか。」

えーと…と突然まごつき始めたトド松の様子に、カラ松は首を傾げながらも、トド松の言わんとすることを理解しようと一生懸命耳を傾けさせる。

「だからさ、あの、いつもの、言動がイッタくて心底ウザいぐらいのカラ松兄さんの方がしっくりくるなって。」
「…トド松、」

兄弟のことなんかしったこっちゃない、なんてドライな話し始めから、なんだかんだと自分のことを気にかけてくれているトド松の口ぶりを聞いて、
カラ松は感極まり少し涙目になってしまう。
ああ…やっぱり兄弟って、いいものだな、なんて思っていた時、


「ちょちょちょ!
待て〜トド松、オーマイリルブラザー?お前は今なにをしようとしているんだ?」
「ヘタレなカラ松兄さんの代わりに返信しようと思って」
「やめるんだトドまーーつ!」

自分の携帯をタップしているトド松からなんとか取り返そうと腕を伸ばすがひらりと躱されてしまう。

「本当に、やめてくれトド松。」
「なんで?」
「なんでってだから」

口ごもるカラ松を見て、トド松は一つため息をつく。

「好きなら連絡すればいいじゃん。」
「そんな簡単なことじゃない。」
「なんで?」

カラ松の返答にまるで子供のように疑問を並べ立てるトド松にカラ松も「だから、それは…」と口ごもってしまう。

「嫌われるのが怖いんだ。」

そして直球ど真ん中な答えが返ってきたカラ松は更に「うぐっ…」と言葉を詰まらせる。

「でもさ、今のタイミングで嫌われるんだったらもっと早い段階で嫌われてる、というかむしろ軽蔑されてると思うんだよね。
だってイッターーイ発言しかしないし服装ダッサいし、もうとにかく存在自体がウザい塊のカラ松兄さんをさ、」
「トド松、俺も人間だから傷つくこともあるんだぞ?」
「でも間違ってないでしょ。」

ピシャリと言われて再度カラ松はまた口をつぐみ、少し涙目になりながらトド松を見つめ、そして下を向く。

やっぱり、そんなどうしようもない塊の俺が嫌いになったんだろうか…
そう再度落ち込み、目尻に溜まった涙が溢れそうになった時、

「そんなカラ松兄さんと毎週のように会って、話して、風邪引いたら家にまで看病に来るなんて、嫌いだったらそんなこと出来ないでしょ。」
「…トド松。」
「ねぇ、カラ松兄さん。」

時雨ちゃん、連絡待ってるかもよ?
そう言って手渡しされた携帯の画面には、時雨の連絡先が映っていた。

「そんな優しい子、たぶん一生会えないと思うよ。
連絡しなかったら、カラ松兄さん、一生後悔するよ。」
「……。」

ドキドキと、心臓が早鐘のように打っている。
緊張で、携帯を持っている右手が少し震えて、痺れてきている気がした。
本当なら、この場から逃げ出したいとさえ思うほどの緊張感。
でも、何度も再確認して、手放したくなかったのは、
時雨に対しての、好きだという感情。


カラ松は一つ深呼吸をして、それから電話をかけた。



「もしもし、時雨?」
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