□夢現
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凛人は裕福な家の娘であった。
何不自由なく毎日を過ごしていたが、近所の子供とそりが合わなかった。
何故かと言うと、

「あいつの母親は遊女だ。」
「身請けされてここに来たんだ。」
「卑しいやつだ。」

噂は噂を呼び、凛人は陰口を叩かれ虐められていた。
だからといって凛人は屈しなかった。
それは、凛人が母のことを大好きだったからだ。
いつも淑やかに、美しく、優しい母が大好きだった。
陰口を叩く不細工な子の母親が不憫になるほど、自分の母親は美しかったし、自慢であった。

「凛人。」

鈴が鳴るような透き通った声に自分の名前が呼ばれるのが大好きだった。
父も聡明で、めったな事で怒らず、なんなら甘すぎなほど自分に優しい父親が大好きだった。
二人に抱きしめられ、凛人を一番愛してると言われる時間が大好きだった。

そんな幸せが壊れる時には、いつも血の匂いがした。

「父上、母上…。」

夜寝ていると、悲鳴が聞こえきた。
逃げて、といった母の声も聞こえてくる。
何かあったのだ。
この扉を開けてはいけない。
見てはいけない。
頭の中で警鐘が鳴り響くが、確認せずにはいられない。
扉を開け階段を降りると、むせ返るような血の匂いがした。
そして、大好きな父と、母の亡骸をむしゃむしゃと頬張る紛い物と目があった。
そこから記憶はぷつりと途絶える。







場面ががらりと変わる。
自分は布団の上で寝ていた。
眠気まなこでぼんやりとしていると襖が開き、人が入ってきた。
その人の顔が爛れているのを見て、私は、この人は病にかかっているんだな、と思った。

その人を皆はお館様と呼んだ。
お館様から事情を全て聞いた。
私の母と父は鬼に食い殺されたのだと。

あれは鬼だったのか、初めて見た。恐ろしい、恐ろしい生き物だ。
あんなものがこの世にいたのか。
許さない。
父と母を殺した鬼を許さない。
鬼を、殺さなければ、
この世から消さなければいけない。

目の前が真っ赤に染まるような気がした、その時、

「落ち着きなさい。」

お館様はそう言って、私の頭を撫でた。
いつのまにこんなに近くに来ていたんだろう。
ふと下を見ると、自身の体にかかっていた布団が裂けていた。
こんなに自分は力を入れて握りしめていたのだろうか。そんな気はしていなかったのだが。
お館様の顔を見ると、心が洗われるかのように優しい微笑を浮かべており、何故かそこに、わたしが大好きだった母の笑顔と合わさり、自然と涙が出てきた。

ああ、家族の仇をとりたい。私の手で。

この日、私は鬼殺隊の存在を知り、志願するに至った。








また場面が変わる。
ある時、鱗滝左近次という男を紹介された。
これからお前の育手になるのだと。
私は男の格好をし始めた。母が気に入っていた長い髪もばっさりと切った。
鱗滝左近次の元には二人の男子がいると聞いた。男子なぞに舐められたくなかった。
女だからと手を抜かれたくなかった。
私が誰よりも強くなり、鬼の根源である鬼舞辻無惨の首を斬るのだと心に決めていたから。
はて、鬼の根源が鬼舞辻無惨であることは誰に聞いたのか。
ふと疑問に思ったところでまた場面が変わる。




三者三様に剣を振り、岩を斬ろうとするが、中々斬れない。

「硬いな、ほんとに剣で岩が斬れるのかな。」
「手が痺れてきたよ。」
「鱗滝さんから学んだことを応用すれば斬れるはずだ。だからこそ鱗滝さんは俺たちに岩を斬れと言ったんだ。何かが俺たちに足りないんだ。」
「何かってなに?」
「分かってたらもう斬ってる。」
「だよね。」
「手が痛いよ。」
「また義勇が泣きべそかいてるよ。泣きべそぎゆうー」
「凛人、義勇を揶揄うな。」

三人揃うとわちゃわちゃとお喋りを始めてしまう。集中しきれないことを懸念して、この後三者三様に別れて修行することを決めて、半年経ったかの時皆んな自然と集まり、岩を斬れるようになったのだったな。

「俺で岩を斬るのが最後か…。」
「びりっけつ義勇。」
「凛人、またお前は義勇を揶揄って。」
「だってー、」
「義勇も、男に生まれたなら堂々としてろ、みっともない姿を晒すな。」

何かと鈍臭い義勇に難癖をつける私を、錆兎はいちいち注意してきて、
私がむくれてぶうぶう文句を言うと、義勇にまで錆兎の注意が飛び火して、言い合いが剣の打ち合いへ変わって鱗滝さんに呼ばれるまで続いて。
三人で揃うとそんなことばかりだったなぁと思う。

懐かしい。
懐かしいなぁ。
こんな日々を永遠に続けたいと思っていたのに。

幸せが壊れる時はいつも血の匂いがするのだ。



「っ、」
「義勇!危ない!」

三人ともに最終選別へ向かい、藤の花を通り過ぎいざ鬼の首を狩らん、という時。
左右の林の間から鬼が飛び出てきた。
左手は錆兎が、右手には義勇がおり、それぞれ刀を振ったが、
左の鬼はさくりと首が落ちたが、右の鬼は刀を飛び越え鋭い爪で義勇の頭部から顔面を斬った。
そのまま義勇に襲いかかろうとした鬼を必死に斬りつけた。

「義勇!大丈夫か!」

怪我をした義勇の元へ駆け寄ろうとしたとき、再度切りつけた鬼と、林の陰から鬼が飛び出してくる。
前後から二体、そして錆兎にも別の鬼の攻撃が降り注いでいた。

負傷している義勇を守れるのはそばにいる私だ。
もう誰も傷つけたくない。

義勇を背後に隠し、二体の鬼と剣をぶつける。
抑え切れなかった分の鬼の爪が自身の右腕を裂き、ずくりと痛みが走る。

「凛人!!」

錆兎の叫ぶ声が聞こえる。
錆兎はまた一体、鬼の首を斬っていた。

あれだけ修行をして、鱗滝さんに教えてもらって、鬼を滅殺する剣を手に入れたと思ったのに、
最終選別初っ端から自分はなにをしているのだ。

自分へ襲いかかる鬼たちを恐ろしく感じた。
だが、それ以上に自身の未熟さが恥ずかしくてたまらなかった。

カァッと目の前が真っ赤に染まるような気がした。
ふっと腕を振ると、鬼の首が二つぶっ飛んでそのまま消えた。
修行後初めて鬼を倒したのだが、その時ばかりは何の感情も湧かなかった。
右腕は相変わらず痛いが、なんだか先ほどよりマシになった気がする。

「凛人、腕が。」
「私は大丈夫、それより義勇が。」

錆兎が鬼を倒し近寄ってきたのを確認して、背後に隠していた義勇を抱える。

「義勇、大丈夫か!」
「出血が多い、止血をしないと。」

自分の着ている布を引き裂いて義勇の顔面を抑える。だが血はどろりと出てきて当て布を濡らし止まらない。

「俺は、大丈夫だから…。」

弱々しいが義勇からの反応があり、錆兎と共にはふぅ、と少し息を吐き安心する。
そんなとき、

「ああ!誰か!死にたくない!助けてくれーー!」

聞こえてきた悲痛な悲鳴がこのあたりの森林に響き渡る。
最終選別に参加した他の者も、鬼と対峙しているのが分かる。

「凛人、お前の傷は、」
「大丈夫だ、痛みもそこまでだし。剣も振るえる。」

そういうと、錆兎は私の腕を一瞥して、それから叫び声の聞こえた林の奥の方へと視線を動かす。

「ここは任せていいか。」
「錆兎、」
「俺が、ここの、鬼を全て斬ってくる。」
「…何を言ってるんだ。そんなこと。」
「もう誰も、傷つけたくない。」

そういうと、そばに鬼がいないことを確認した後に、錆兎は林の奥へ奥へと走っていった。

「錆兎!!待て!!」

必死に叫んだのに、制止を聞かぬままぐんぐんと錆兎は走ってたいきとうとう姿が消えた。

いつも、三人で行動していたのに、何故に今になって一人で単独行動にうつったんだ。

もしかして、私たちが足手まといだとでも思ったのか…。

そこまで考えを巡らせ、錆兎はそんな奴ではないと首を振った。

「義勇、私の背中にいてくれ。その木に寄りかかってじっと待て。」
「…凛人、錆兎は。」
「錆兎はここに戻ってくる。それまで、」

息を潜めながら、背後に義勇を守りながら迫り来る鬼を斬り伏せていった。
何体も何体も、鬼の首を斬ったが、段々とその数が少なくなっていた。

まだか、錆兎。
いつになったら戻ってくる。早く戻ってきて私たちに姿を見せてくれ。

鬼の首を斬り伏せながらひたすらに錆兎の戻りを待ったが、錆兎の姿を見ることはもう無かった。











「凛人、泣いているのか。」

ふと目が覚めたとき、傍に義勇がいた。私の顔を心配そうに覗き込んでいる。
起き抜けに頬に手を当てると、そこは確かに濡れていた。

「懐かしい夢を、見たんだ。」
「…そうか。」

義勇は私の言わんとすることが分かったのだろう。それ以上聞くことはなかった。

家族との時間、
錆兎、義勇との時間、
全てを壊した、鬼の存在。

思い出すとぶわりぶわりと体温が上がっていくような感覚に陥る。
腰に据えた日輪刀を持ち、今日もまた義勇と二人っきりで、鬼の元へ走り出す。
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