□鬼となった少女
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鬼殺隊の隊服を着て、日輪刀を所持している鬼がいる。顔には狐面をつけている。
見つけ次第生きたまま捕えるように。

その御触れは鬼殺隊全員の耳に入った。

何故生かしたままなのか、
鬼なら斬滅するべきだ、
しかも、日輪刀を所持しているなんて、鬼殺隊への冒涜だ。

そんな声も囁かれ始めてしまうのはしょうがないことだろ。
だが一方で、例の鬼に救われたという鬼殺隊隊士も増えてきており、こんな話も出回り始めている。

鬼に殺されるといった窮地の時、その鬼は現れた。
人間には目もくれず、とてつもない強さで鬼を斬り伏せていく。
怪我を負った隊士の手当てまでする姿も見た者がいる。
一見鬼のようには見えない風貌のため、
敵か味方かまるで判断がつかない。


さてはて、
未だに御触れがでた今もその鬼は捕まってはいない。
一体どこに身を隠しているのやら。










「あなたは、少し目立ちすぎているかもしれません。本当なら行動をもう少し慎んだ方が良いのだけど、」

そう目線を下げて珠世は言った。
鬼殺隊から追われる身となった件の鬼、凛人は座敷の上でちょこんと座っていた。一見珠世の話をきちんと聞いているかのように思えるが、その目をよく見ると空を見つめている。

「珠世様の話をちゃんと聞け!」

そんな凛人を見かねて愈史郎はぱしりと頭を叩く。「こら。」と珠世に諭されてさっと姿勢を整え愈史郎は凛人の隣に座る。
頭を叩かれた当の本人はさして気にしておらず、終いには座敷に横になり、そのまま目を瞑り、寝入り始めた。

「貴様、珠世様の話も聞かずに…!」
「良いのです、愈史郎。寝かせてあげなさい。」
「しかし、」

反論しようする兪士郎に、珠世は首をふり、眠り始めた凛人の頭をそっと撫でた。




雪が降り積もる中、珠世と兪士郎は凛人を自分の屋敷に連れ帰った。
いつ目覚めるとも知らないため、誰かが常に傍で監視していたのだが、凛人が目覚めるまで、二年もの歳月が経っていた。

ふと目覚めた凛人はぼんやりとしており、珠世と兪士郎の姿を見ても襲ってくる気配はまるでなかった。

二年間の間、珠世は凛人の血を採取し研究していた。その際に驚くべき発見があった。
通常なら、鬼舞辻無惨の血を大量に体内に注入されたならば、人間の体は変貌の速度に耐えられず細胞が壊れるはずだ。
だが凛人は、鬼舞辻無惨の血を大量に注入されたにも関わらず、細胞破壊は最小限に留まり、凄まじい速さで血液を吸収し循環していた。
戦闘で大量に血液を消費していた凛人の体に、輸血として鬼舞辻無惨の血が注入されたのと同じ現象が起こっていたのだ。
何より血液検査をして驚いたことは、鬼舞辻無惨の血と凛人の血は交差試験に合格するほどほぼ一致していた。
また、凛人は鬼舞辻無惨の呪いである追跡の枷を早々に取ってしまっていた。いや、最初から枷など無かった可能性も浮上していた。

珠世は出生を調べる必要があると踏んで兪士郎に調べさせた。
その際に凛人という名前が分かり、凛人を名前で呼ぶようになったのだが、
明確な答えは未だに出ないまま。

起き抜けの凛人に珠世は挨拶をし、事の経緯を説明してから何個か質問をしてみたのだが、凛人から発語が出ることはなく、不思議そうに首をかしげるのみだった。

凛人を見ていると、退行現象が起こっているように思えた。

兪士郎に恨めしそうな目で見られながら、珠世は幼子に接するように尽くし、月日をかけて様々なことを伝えた。

すると、凛人は少しずつであるが、言葉を話すようになった。

凛人の第一声は、珠世の質問に答えるでもなく、「鬼を、斬る。」であった。

珠世も兪士郎も、人を喰らうわけではないが、鬼であることには変わりない。
自分たちも対象に入っているのかと思われたがそうではないらしい。

拙いながらも、凛人は珠世や兪士郎に伝えた。

誰も死なせたくない、守りたい、と。

鬼になる前の記憶はあるのか、
自分が何者であったのか覚えているのか、
質問をするが、凛人からの返答はない。もしかしたら出来ないのかもしれない。
記憶の混乱が見られているが故に、人間であった頃の強い想いだけが残り、後はまだ思い出せていないのではないかと珠世は考えた。

記憶回帰のきっかけになるかもしれないと、凛人が倒れていた際に来ていた鬼殺隊の隊服を目の前に差し出してみる。
すると、凛人はそれを凝視し、すぐに着替え始めてしまった。
珠世は凛人が女であることもとうに知っていたため、兪士郎には「向こうを向いていなさい。」としっかり伝えていた。

着替えた凛人は、とても満足気な顔をしていた。だが腰あたりを手が彷徨い、首を傾げて珠世を見つめる。

「もしかして、刀を探しているの?ごめんなさい、刀は傍にはなくて回収できなかったの。」

そういった珠世に、理解したのかどうか実際のところ分からないのだが、凛人は顔を少し俯かせたかと思うと扉の方に向かっていった。

「おい、どこ行くんだ。」

兪士郎に呼び止められ肩を掴まれ、凛人はピタリと止まるが、また歩き始めようとする。
おいおい、いい加減にしろ!と兪士郎に背負い投げをされ、凛人は地面に突っぷす。いつも言葉よりも手が早く出てしまう兪士郎に頭を抱えながら、珠世は凛人を心配して傍に寄る。凛人の顔を見ると、眉間にシワを寄せ、とても不快そうな顔をしていて、兪士郎をじぃ…とは見つめてはいるが、手を出すことはなかった。

「あなた、外に出たいの?」

そう珠世が尋ねると、 凛人はこくりと頷いた。そして、

「鬼を、斬る。」

何度も聞いたそれを再び珠世に伝えた。
まだ幼子のような状態である凛人を解放するのはあまりにも危険なように思えた。だが、凛人を見ているといつかは自分の目を盗んで外に出てしまうだろうと思った。

だからこそ、珠世は伝えた。
全てを理解しているかは分からない。でも、ゆっくり、丁寧に凛人に語りかけた。

「あなたの傍に、使い猫をつけておきます。いつでも猫と共に帰ってきて。そして鬼を斬ったとき、出来たら血も採取してほしい。」

珠世と兪士郎に見送られながら、凛人は家を出た。そして誰に言われるでもなく鬼狩りをし始めた。
そして鬼狩りの際、傷を負い、血を流しすぎた時、通常の鬼であれば人を喰らい血を供給するものであるのだが、凛人は眠ることで賄っていた。
傷を負った時は決まって、珠世の元に帰り寝ることが常であった。

だから、珠世は凛人の安否は目で見て分かっていたし、姿を自在に消せる使い猫の目を通しても分かっていた。

そして鬼殺隊に追われる身となったことも分かっていた。
だが先ほどの通り、行動を謹んでほしいと珠世が言ったとしてもなんのその、凛人は己の信念に従い行動するのみであった。
自分が何を言っても聞かないだろうことは、凛人と共に過ごしていた経緯もあり分かってはいた。

元鬼殺隊隊士 凛人
上弦 陸と戦いその後、鬼舞辻無惨によって鬼にされた哀れな少女
鬼でありながら人を守り、
鬼である以上目立った行動をすれば鬼殺隊に目をつけられ最悪討伐されるだろう。

少女の未来を考えると、それはとても、辛く、悲しい。

そんな悲しい結末とならないように、早く治療法を確立させて、凛人を人間に戻してあげたい。凛人だけでなく、他の鬼となってしまった人たちのためにも早急に。
そのためにも、凛人の力は必要である。

ぼんやりとしているようでも、凛人は鬼を斬ったとき、珠世の言いつけをきちんと守り血を採取することを忘れたことはない。

凛人の安否を心配しながら、凛人に頼りきりになる現状に申し訳なさを感じ、
そばで眠る凛人の頭を、珠世はそっと撫で付けた。
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