□過去の記憶
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目が覚め起き上がろうとすると、左腕に激痛が走った。なんなら胸や両足まで痛い。
左腕を見ると包帯でぐるぐる巻きにされており、板をつけてまっすぐになるよう括られていた。

はて、自分はどうしたんだったかな、なんて思っていると、突然声をかけられた。

「急に体を動かしては危ないですよ。」

声の聞こえた扉の方を見るとそこには、蟲柱である胡蝶カナエが微笑を浮かべて立っていた。

「痛み止めを持ってきました、そろそろ眠前に飲んだ痛み止めの効果が切れるころですから。」

そう言うと、カナエは凛人に近づき体を支え、水薬を飲ませる。

「ゆっくり飲んで、むせこまないように。」

彼女の言う通り、ゆっくり飲み込む。
よく出来ました、なんて笑って言われてしまうと、自分がまるで子供に戻ったような気分になる。

「さぁ、包帯を巻き直して、温かいタオルで体を拭きますね。」

そう言うと、扉から顔を覗かせていた少女達が樽をもって部屋に入ってくる。
するすると服を脱がされ、丁寧に体を拭いていく。それはとても心地が良いものだった。

胸部にまかれた包帯を解かれた時、カナエはいった。

「あなた、いつまで女であることを隠すつもりなの?」

ほわほわとした気分から急にピシッと緊張で身体を固める。
そう、ここ蝶屋敷の面々には自分が女であることが知られている。
だが、男装をしていることも知られているため、本当なら大部屋並みの怪我であったとしても、個室に入り皆にバレないように工夫をしてもらっており、大層迷惑をかけている。

いつまで、と言われてしまうと困ってしまう。
自分が鬼と戦うと決めた日から、自分が男として生きていくことを決めたのだから。

女隊士が、女として鬼と戦い、前線で活躍していることもカナエも通して分かってはいるのだが、いかんせん男装歴が着々と長くなってきてしまい、今更女でした。と告げるのも、女として生きるのも、抵抗がある。

「無理に、とは言いませんけど。やっぱり隠し続けるにはいつか限界がくると思うの。」

カナエの言葉に、凛人は自然と下を向き、自身が最近一番体の変化として感じている胸部を見る。
だんだんと膨らんでくるここに、自分が女であることをまざまざと突きつけられていて、少し心苦しかった。
しかも蝶屋敷の面々にも相当気を遣わせている現状ではあるし、どうしたものかなと思っていた時、カナエは状況と反して声高く凛人に話しかける。

「女としての楽しみ方もたくさんあるのよ。」
「女としての…?」
「そう!例えば…恋愛事とか!」

レンアイ…?
自分の周りであまり聞かれない言葉に、凛人は思わず固まる。

「好きな人を想う事って、とても素敵なことよ。」

好きな人を想う…。
それは、女でないと、感じることができないのだろうか。
そもそも好きの定義が分からず、凛人の頭の中でぐるぐると恋愛、好き、女、の単語が回る。

「そんなに難しく考えないでいいのよ、例えば、常に心の中で考えてしまう人とか、傍にいると胸がどきどきしたり、安心したり、大切に想う人とか、」
「……。」

カナエに言われて、凛人は更に頭を悩ませる。

胸がドキドキと言うのは脈拍が早くなるということ。鍛錬の時とか、鬼と対峙してる時にはなるが、日常生活でドキドキとなることはあるだろうか。
ああでも、初対面の相手と会話するときは少なからず緊張はするが、カナエのいうレンアイとはまた違う気がする。
うーんうーんと考え、とにかくカナエの言う条件にほぼ当てはまる者の名前を言う。

「錆兎かな。」
「錆兎くん?」
「もう死んだけど。」

そう言うと、カナエの表情がぴしりと固まってしまって、そして眉を潜めて口を押さえとても悲しそうな表情でこちらを見てくるカナエに凛人は内心焦る。

「錆兎とは共に修行を乗り越えて共に強くなった。常に傍にあった大切な存在を鬼に殺され、死なせてしまったことをとても後悔したし、自分の未熟さに打ちのめされた。だからこそ更に腕を磨いたし、これからも修行を続けて、強くなって十二鬼月を、鬼舞辻無惨をこの手で倒したいと思ってる。…ます。」

焦り口早にながらも、今は錆兎のことも乗り越えて、心を叩き上げて強くなる!と宣言した凛人に、カナエは、柱として自身の後輩が強い思いを胸に育っていくことを誇らしく感じた。
だが、自分が言った恋愛話ではなく、これは友愛とか、敬愛などの分類に入るだろうなぁと思った。

「あと、大切な人は、もちろん鱗滝さんと、義勇と。」
「凛人さん。」
「はい。」

カナエに肩を叩かれて、凛人はカナエを見る。その表情は母性に溢れる優しい表情だった。

「あなたにも、いつかそういう人が現れると思います。そうしたら、凛人さんも女として花開くかもしれないわね。」

ふふっと笑っていう姿があまりに可憐で、美しく、凛人が魅入ってしまっていた時、勢いよく扉が開いた。

「凛人、ここにいるのか?」

ささっ、と身体を拭いていた少女たちが凛人の身体を身を呈して隠す。
扉にいたのは息を切らし、少し焦った表情の義勇だった。

「おお、義勇。お前も怪我か?」

そう快活に話しかけた凛人とは対照的に、カナエは扉の方まで行くと、笑顔は崩してないが、明らかに背後に般若が見えるほどの気迫を交えながら、

「ただ今処置中です、中に入らず扉の外で待っていただけますか?」

と、語気強く義勇に言い放った。
そんなカナエに、義勇は、はい。としか言えなかった。

勝手に扉を開けるなんて!とぷんぷん怒っているカナエに凛人からもすみません、と謝罪して、いいのよ!心配が先だったのね。なんて会話をしながら処置を続行した。
その間、扉の外では、胡蝶カナエの妹、しのぶの怒号が聞こえてきた。
怒られているのは先程勝手に部屋に入ってしまった義勇だろう。
怒られしゅんとする義勇を想像すると笑えてきて凛人は肩を震わせた。

そんな凛人にカナエは、少しくすぐったかったかしら?なんて思いながら傷の手当てをした。
そして、凛人さんには冨岡くんがいたわね、なんて、胸中ほくそ笑むのだった。
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