□二年ぶりの接触
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まさかな、と思った。
指令を受けた現場に向かおうという時、煉獄は鎹鴉から言われた言葉に耳を疑った。

「鬼ハ撃退サレタ!鬼ヲ撃退シタ狐面ノ鬼ヲ捕ラエヨ!南南東!南南東!」

走る速度を上げて、目的地へ向かう。
どんどんと近づいていくが、鬼の気配がない。本当にいるのだろうか。
二年前から姿を消してしまった、狐面の鬼が。
はやる思いを胸にひた走った。

そして着いた先には、自身が思い描いていた、見慣れた姿があった。

「…凛人。」

相変わらず鬼殺隊の隊服を身に纏い、日輪刀を腰に刺し、そして顔は狐面で隠されている鬼。
だが、以前と違うのはそこからは鬼の気配がとんとない。感じはするのだが、微かにあるか、ぐらいで。まるで人間のようだった。

本当に自身が二年前に対峙した、狐面の鬼なのだろうか。

煉獄はほおけながら見つめていると、煉獄に気づいた凛人は振り返り、そして面を外した。

そこは、確かに煉獄の見知った顔があった。
だが、いつも虚空を見つめていたその瞳には、光が宿っているような気がした。

「煉獄、杏寿郎。」

吸い込まれそうな程、月に反射して綺麗に光る漆黒の瞳を見つめていた時、突然名前を呼ばれてびくりと肩を跳ねさせる。

俺の名前を、覚えていたのか。

煉獄は一歩一歩、凛人に近づくが、凛人は逃げようとしない。むしろ、凛人も、煉獄へ近づいていった。

「久しぶり…?」

こてん、と首を傾げた姿があまりに可愛らしい…というか、隙がありすぎて、毒気を抜かれるような気がした。
そうだ、こういうやつだった。
鬼であるにも関わらず、どこか危なげで心配になって、情がわいてしまうそんな不思議な奴だったな、と煉獄は思い返しながら、凛人に話しかける。

「なんで疑問形なんだ、二年間どうしていたんだ?」
「…寝てた。」
「寝てた?二年間ずっとか?」

こくりと頷き見つめる凛人は嘘を吐いてるようには見えず、煉獄も胸中首を傾げた。鬼が寝るなんて聞いたことがない。
もしかして、凛人は何かしらの方法で人間に戻ったのではないか?とも思うが、やはり目の前の凛人は分かりにくいが、人間ではなく鬼であることが分かる。

「お前を匿ってくれるやつはいるのか?」
「うん。」
「そいつも鬼なのか?」

そう言った煉獄の言葉には返事がなく、凛人は眉尻を下げて煉獄を見つめるのみ。自分が普段どこにいて、誰と共にいるのか話したがらなかった。

「その鬼は悪い奴なのか?人間を喰らうか?」

その返答に、凛人は首をぶんぶん振り、「違う。優しい。」と言った。
その言葉を聞いて、他にも人間を喰らわない鬼がいることも分かったし、その者の傍なら安心か、とも思った。
そんな、凛人の身の安全を確かめほっと胸をなでおろしていることや、自然に凛人という名の鬼と気軽に話してしまっている自分に気づいて、鬼殺隊の柱が聞いて呆れるな、なんて思いながら、自分を変えるつもりは毛頭なかった。

「凛人、自分のことは少しは思い出せたか?」
「…私は、隊士で、鬼を斬っていた。自分の刀を探してる。」

凛人はそう言うと、腰に刺した刀を触り、「これじゃない。使いにくい。」と話した。
使いにくい刀を使ってそれほど力を発揮できていることに内心感嘆しながら、凛人が探している元々使っていた刀について思案する。

凛人の人間としての最期は、多分上弦の鬼と接触した後なのだろう。
その場に出向いたが姿を見つけられなかったのだと、後になって蟲柱である胡蝶しのぶに聞いた話を思い出す。

「もしかしたら、冨岡が持っているかもしれないぞ。」
「…とみおか?」
「水柱の冨岡義勇だ。君とは幼少の頃からの知り合いだそうだ。覚えていないか?」
「ぎゆう…。」

ぽそりと小さく名前を呟くと、凛人は少し顔を俯かせ思案顔をする。
んー、と考える姿を見て、煉獄は、以前よりも表情が豊かになったな、と思った。

「知ってる名だと思う。けど、覚えてない。」
「…そうか。」

姿や気配、雰囲気は二年で人間のような佇まいとなったが、記憶はまだ戻っていないのか。
そう考えると、冨岡が不憫に感じられた。
幼少の頃からそばにいて、自身の代わりに上弦の鬼と最後まで対峙して、最終的には鬼と化してしまった。
冨岡は以前、凛人に会ったらその首を斬る、とも言っていた。
今でもその気持ちは変わらないのだろうか。

最近冨岡と接触していないし、凛人の話をすることもなかった。
そういえば、以前に、次凛人に会った時は鎹鴉で知らせてほしいと言っていたな。

冨岡と会話した内容を思い出して、今更だが冨岡に報告した方がいいか?と思い、鎹鴉に伝言を頼もうとした時、

「まだ、会ってはいけない、気がする。」

凛人がそう、ぽつりと零した。

「まだだめ。煉獄杏寿郎、言わないで。」

何かを察知した凛人は煉獄の袖をひっぱり懇願する。
その様を見て、煉獄は困惑した。
まだ、とは、いつかなら会ってもいいのだろうか。
そもそも再び凛人が鬼を狩るようになれば、以前のように自然と鬼殺隊内で狐面の鬼の話はされるだろうし、冨岡の耳に届く日も近いだろう。
しかも自分はこの後、お館様に凛人と会った事の顛末を話すつもりであるし、その後柱の皆んなにも話は伝えられるだろう。
本来ならこのまま凛人を屋敷に連れ帰るべきなのだが、それをしなかった自分にお館様から喝が入るかもしれない。
そのこともまた柱の皆んなには非難されるだろうな。
だけど凛人の思いを尊重したいと思う自分もいるし。

煉獄は胸中葛藤に葛藤を重ねた。
そして答えの出ない問答に諦め、次に煉獄が出した言葉は突拍子もなかった。

「…姓名で呼ばなくていい。呼びにくいだろう。」
「……杏寿郎?」

名前呼びか…なんて思いながら、まぁなんでもいいか。と目の前の凛人の頭に手を乗せ、ぐしゃぐしゃと撫で付けた。

「杏寿郎、私は言いたいことがある。」
「…なんだ?」
「私のこと、斬らないで、話を聞いてくれてありがとう。」

そう朗らかに笑って言った凛人に、煉獄はなんとも言えない、今まで感じた事のない温かな、擽ったいような気持ちが胸に宿って、気を紛らわすかのように更に凛人の頭を撫で付けた。
凛人は乱暴に撫で付けられても逃げる事なく、また朗らかに笑った。
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