□見舞い
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煉獄が上弦の鬼と戦い、重症の状態である事は千寿郎ら家族にも鎹鴉から知らせは来ていた。

重症の状態ではあるが一命を取り止めたことを聞いて、千寿郎はとかく安心した。
表には出さないが、それは槇寿郎も同じだった。

だが、左目を失い、右上肢麻痺を患い、前線復帰は難しいかもしれないといった残酷な結果も、鎹鴉から聞いていた。

一週間の蝶屋敷での治療期間を終え、杏寿郎は自宅に帰ってきた。
千寿郎はそのことを大層喜び会った途端に涙を流して抱きついた。
だが、槇寿郎は心配していたこと、生きていてよかったと思っていたことなんて全く言わず、
「未熟者め、柱なぞ辞めてしまえ。」
そうぴしゃりと言い放ち自室に篭ってしまった。
千寿郎はそんな様を見て、不安げに自身の兄である杏寿郎を見上げた。
杏寿郎は気落ちした表情などまるで見せず、千寿郎の頭を撫で、
「大丈夫だ、俺は前線復帰を諦めてなどいない。」
と、千寿郎と目線を合わせて、快活に、にこやかに杏寿郎は言った。

片目を無くした。
右腕を負傷した。

だがしかし、戦えないわけではない。
機能回復訓練を行えば、右上肢麻痺は完治するわけではないが、ある程度戻るかもしれないと胡蝶から言われている。

杏寿郎は前を向くことを決して諦めてはいなかった。

だが、胡蝶に口を酸っぱくして、
「帰宅することは許しますがまだ完治したわけではないので安静にしていてください。」と、威圧を露わに何度も言われた。

だから、大人しく自室に布団を敷き、千寿郎の介護付きで安静にしていた。

日が落ち夜も更けた時、
杏寿郎が眠っている自室の襖に人影がうつる。
杏寿郎は目を開き、体を起こした。

「見舞いに来てくれたのか?凛人。」

その声色はとかく優しかった。
存在を否定することなく、受け入れる声だ。
凛人は襖を開け、杏寿郎の部屋に入る。

体には痛々しく包帯が巻かれ、左目は眼帯で覆われている。
凛人はそれを見て、とても悲しい気持ちになった。
顔を俯かせる凛人に、
「そんな遠くにいないで、こちらにきなさい。」
と、煉獄がいう。
その言葉通り、凛人は煉獄の傍に寄った。

「どうした、浮かない顔をして。」

そう凛人に向けて言う煉獄の声色や表情はひたすらに優しかった。
凛人にとって、それはいつも心を安心させてくれていた。

自分が鬼であるにも関わらず、煉獄は最初の内から自分の存在を認めてくれていたように思える。
それを態度や、雰囲気、声音から感じ取っていて、凛人は珠世と同じように煉獄には心を許していた。
自分が鬼であると分かると人は皆、畏れ慄き、武器を自分に向ける。
そのことに、鬼となった初期の方は記憶も朧げでありながら傷ついていた。
だからこそ、煉獄の存在は、鬼となった凛人にとってかけがえのない存在となっていた。

そんな煉獄が致命傷を受けた。
守りきれなかった。
もう少し早く自分が到着していればこうはならなかったかもしれない。

変えられない過去に対して後悔を繰り返していた。

凛人は煉獄の潰れた左目を、眼帯の上から撫でる。
それを煉獄は拒否することなく甘んじて受け入れる。

「…痛い?」
「大丈夫だ。」

左目からするすると体に降りて、包帯が巻かれた箇所を撫でる。

「守れなくて、ごめんなさい。」

煉獄はくすぐったさに身じろぎ、その手を掴んだ。

「なぜ謝る。俺が生きているのは凛人のおかげだ。俺が弱かったが故に凛人に守ってもらった。傷をたくさん負わせた。むしろ俺の方こそすまなかった。」

凛人の目をじっと見つめてそう言う煉獄に、凛人は首を傾げる。

「なんで、謝るの?私は、鬼だ。怪我もすぐ治る。」
「鬼でも、傷を受けたら痛いだろう。辛いだろう。」

煉獄の目を凛人も見つめて、そして、その瞳が慈愛に満ちていて、涙が出そうになる。
だんだんと記憶が戻ってきて、元々自分が人間であって、鬼殺隊の隊士で、大切な家族や仲間を鬼に殺されたことを思い出した。
そして私は上弦の鬼を倒した後に、鬼舞辻無惨によって鬼へ変えられた。
自分が鬼となったことを改めて痛感し、凛人は悲しみに暮れ自害したいと思った。
自分の持っている日輪刀を首に当てて、半分ほどまで斬ってみたこともある。
でも、その時に頭の中で問いかける声が聞こえた。
「お前の信念はなんだ。」と。

死ぬのは今じゃない。
死ぬ瞬間があるとすれば鬼に変えられる直前だった。
私は生きたいと願った。
悪の根源鬼舞辻無惨の首を斬るために。
大切な者を守るために、鬼を斬るのだとあの時誓ったのだ。

鬼として生きることを決めた。
だけど、本当なら人間として、大切な者と生きたかった。

「鬼である私が恐ろしくないのか。」
「全く。」

きっぱりと言い放った煉獄に、凛人は口をぽかりと開けて鳩が豆鉄砲を食らったような呆けた顔をしてしまう。
だが、煉獄にとっては今更何を言ってるんだ?と首を傾げてしまう。

「危険だと思っていたらとっくに斬ってる。俺は自分の性分を分かっているつもりだ。」

煉獄は凛人から視線を外すことなく、堂々と言い放つ。

「お前は言葉は拙いながらも、人間を守るために鬼を斬ると俺に言った。実際に多くの人間を守っているところを見たし、実際俺も守られた。感謝している。凛人の強い信念を、俺は信じてる。」

凛人を信じてる。
その言葉を聞いて、凛人は涙を零した。
それは悲しい涙ではなく、嬉し涙だった。

そんな凛人を、煉獄は握っていた手を引いて、その胸に抱きしめた。
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