□冨岡義勇
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煉獄は冨岡に文を送った。
来週凛人を連れて冨岡の元へ伺うと。
返信はすぐに来た。
待つ。とだけ書かれていた。

向かう道中、凛人の顔つきはどこか強張っていて、緊張しているだろうことが伺えた。
千寿郎が握ってくれた握り飯を食べるときは頬を綻ばせ頬張っていた。
鬼が飯を食べるなんて聞いたこともなくその光景は不思議なものだったが、凛人もどう体が変化しているのかはよくわからない、とのことだった。

冨岡は昔からああなのかと聞くと、今を知らないからなんとも言えないが、よく泣きべそをかいてたから泣き虫義勇と揶揄ってたと聞くと、意外さに煉獄は目を見開いた。
だけど、義勇を見ていると自分を見ているようでもあったと凛人は語った。

鱗滝さんの修行はひたすらに厳しかった。
体術など全く心得ておらず両親の加護の元蝶よ花よと大切に育てられた自分にとっては一からの修行であり苦行を強いられるものだった。
体の痛みで夜眠れないことも何度もあった。
辛く逃げ出したいと思ってしまう時もあって、そんな自分を内心猛烈に恥じて押し込んで耐えていた。
そんな時、義勇がぽそりと隣で言うのだ。痛い、辛い、と。まるで自分を代弁しているかのように。
自分と義勇は似た者同士なのだ。
本当は私の方こそ、泣き虫で、怖がりの臆病者なのだ。

両親を殺した鬼はひたすらに憎かったが、鬼の存在を本当に恐ろしく思っていた。
自分の手であの恐ろしい鬼を倒せるのだろうかと不思議だった。
両親を無くした寂しさや、鬼への恐怖に苛まれ、夜に人知れず外に出て涙を流すことだってあった。

そんな中、弱音も吐かずひたむきに修行をし自分たちを鼓舞しどんどん強くなる錆兎はまぶしく感じた。
私も錆兎のように正義感のある強い人間になりたいと思った。
そして、義勇を揶揄いながら自分を叱責して、修行に耐え抜いてきたのだ。

この二人がいなければ今の私は存在していないし、成長しきれず今頃鬼に食い殺されていたかもしれないと思う。

錆兎がいなくなった時も、本当は私の方が心を病んで立ち直れないのではないかと思った。あのまぶしい先達してくれる存在を失くして自分は前を向いていけるのだろうかと思った。
でも、目の前で泣いている義勇を見て心に誓った。義勇を一人にしてはいけない。このまま座り込んでいてはいけない。立ち上がって前を向いて、錆兎の思いを継がなければならない。自分たちが笑いあって語ったあの夢を果たさなければならない。そう義勇と誓い合うことが出来たから心を奮い立たせることが出来た。
辛いと思った時にはいつも隣に義勇がいた。
お前は一人ではないと語りかけてくれるように。
鬼殺隊に入隊し鬼を斬る時も、最初は恐ろしかった。
いつ死ぬかとも分からない戦地に何度も向かい、義勇と別の遠征に行くときは義勇ともう会えなくなるのではないかと思うと怖くて手が震えた。
でも、その手を義勇が握ってくれて、「生きて帰ってこい。俺も必ず戻ってくる。」と言ってくれたから、私は耐えることができた。
錆兎がいなくなって、義勇は本当に逞しくなった、泣き虫義勇と揶揄っていたのが嘘のように。
怖がりで臆病なのは私の方だと痛感させられた。
私をいつも支えて助けてくれた。
そんな義勇を一人残していってしまったことが本当に申し訳無かったし、辛いと感じた。
それを、私は謝罪しなければならない。
後の私の処遇は、義勇に任せようと思う。

凛人はそう言って、話を締めくくった。

ひたすらに歩を進め、林を抜け、目的地が見えてきた。
そこには、腰に刀を据え佇む冨岡の姿があった。


「久しいな、冨岡!」

口をまず開いたのは煉獄だった。
左目は眼帯がされており戦闘後の傷が生々しくも残っている。
そんな様を一瞥して、「話には聞いている。」とだけ言って、冨岡は凛人の姿を鋭い眼差しで捉え問う。

「凛人、お前は鬼なのか。」

ぴしーー、とその場が静まり返る。その静寂を、凛人が崩す。

「そうだ、私は鬼だ。」

そう言うと、冨岡は腰に据えた刀の柄を、手に持った。
戦闘でも始まりそうな雰囲気に煉獄が一歩踏み出し凛人を背後に隠そうとしたが、反対に凛人が煉獄の行動を手で制した。

「杏寿郎、ありがとう。でも大丈夫。」

凛人と煉獄がお互い気遣うところを見て冨岡の眉がぴくりと動いたが、凛人と煉獄はそれに気づいてはいない。
凛人は煉獄より一歩踏み出し、冨岡へと少し近づいた。

「私はあんなに憎いと思っていた鬼へと成り下がった。それは曲がりもない事実だ。私はお前の憎むべき相手だ。」

凛人の凛とした声が、辺りに反響する。

「私は生きながらえるべきではなかったと思う。だけど、私は鬼として生きることを自分で決めた。それは、鬼のいない世界でお前と共に生きたいという夢を成し遂げるためだ。」

凛人が話す中、冨岡は刀の柄に手をかけたまま、凛人に一歩一歩近づく。

「鬼を滅殺するためには、鬼舞辻無惨の首を斬らなければ不幸の連鎖は断ち切れない。だから私は鬼を斬った。これからも斬り続ける。だから私が使ってた刀を私に渡してほしい。」

凛人が話す中、冨岡はとうとう、凛人の目の前に来た。
その表情からは感情がまるで読み取れない。自分を見る眼差しは冷たく、親の仇を見るような目で見られているように感じて、悲しく感じた。

「義勇。」

凛人が名前を呼ぶと、義勇の体が微かにだが揺れた。

「一人で鬼と戦わせてごめん。一人残して、ごめん。」

謝罪を述べながら、凛人は思った。
義勇にこの場で殺されるのも、悪くないかもしれない。
汚れ役をさせてしまうことも内心謝りながら、凛人は目を閉じて、全身の力を抜いた。
すると、次に襲ってきたのは首への衝撃ではなかった。
温かいものに包み込まれ、気づけば凛人は、冨岡に抱きしめられていた。

息遣いが耳元で聞こえる。

「俺は、凛人と会った時、その首を斬ろうと思ってた。それが俺の責務だと思った。
だけど、俺は、
凛人が生きてて良かったと心から思った…。」

抱きしめる腕は、体は、震えていた。
首元には冷たい雫が流れたように思えた。

「生きてて、本当に良かった。」

震える声でそう言う義勇の体を、凛人も腕を回し抱きしめた。

「泣き虫なところは変わってないじゃないか、泣き虫義勇。」

義勇に抱きしめられながら、凛人もまた、再び会えたことの嬉しさを思い泣いた。




後方で見ていた煉獄は、二人の様を見つめ涙を浮かばせた。
自分が泣くのはお門違いだと思い、流すのを必死にこらえながら。
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