□懐古
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久々の再会に水を差してはいけないなと煉獄は一人帰宅することを二人に告げた。
そんな煉獄に、家まで送ると言う凛人の腕を冨岡が引いた。
なに?と首をかしげる凛人に、別に。と呟く冨岡を見て、煉獄は、心配しなくても大丈夫だなと内心ほくそ笑んだ。

凛人としてはここまでついてきてもらって再会できたからと煉獄だけ帰らせるのはなんだか忍びなかった。
いやいやと否定する凛人に煉獄は少し思案して言う。

「なら、今度俺の稽古相手になってくれるか?療養していたから体が鈍って仕方ないんだ。この右腕も克服しないといけない。」

そういって動きにくくなった右腕を掲げた煉獄に、凛人は眉をハの字にして悲しそうな顔をする。
こんな顔を見たいわけじゃないんだがな、と煉獄は凛人の頭を撫でて、そんな顔をするな、と笑って言う。

「約束だぞ、凛人。」
「…勿論だ。」

そういうと、凛人は右手の小指を煉獄の方に差し出した。
一瞬、これは?と首を傾げたが、指切りかと合点が行くと、幼子の時に良くやったと懐かしく思いながら自分の左手小指を凛人のに絡ませる。

「意外と可愛らしいことをするんだな。」
「なんだと?」

豪快に笑った煉獄に、凛人は不満な顔をして煉獄を睨んだ。
本当に可愛らしいなと頭をまた撫で付けて、凛人の後ろで自分を睨みつける冨岡にも挨拶をしてその場を出発した。







残された凛人と冨岡はしばらく煉獄の後ろ姿を見つめて、見えなくなるとどちらからともなく家へと踵を返した。
冨岡の家に入り、ある一室に通される。
そこには、刀掛け台が鎮座し、一本の刀が飾られていた。

凛人はそこに近づき、手に取る。そして鞘から刀身を抜いた。
そこには一切の刃こぼれもない、手入れが隅々まで行き届いていた。
冨岡が大事に保管してくれていたことが身にしみて分かり、嬉しさに胸が温かくなった。
刀身を鞘に入れ、そして腰に据えた。

「ありがとう、義勇。」

振り返り笑って言った凛人の姿を、冨岡は懐かしく感じて、凛人が戻ってきたことを再度実感して、幸せに浸った。

鱗滝さんにも会いに行きたいと言う凛人に、今から文を書くから、返事が来たら出発しようといって鱗滝に文を送った。
すると、返事はすぐに届いた。
いつでも待つ。とそこには書かれていたため、明日出発しようと約束し、今日は冨岡の家で休むことにした。


眠るまでの間、冨岡と凛人は様々なことを話した。

冨岡は、あれからひたすらに鬼を斬り、紆余曲折を経て水柱となったことを話した。
凄いじゃないかという凛人に、俺がなるべきではなかったと言い張る冨岡に、お前は相変わらずなんだなと凛人は呆れながらも懐かしさに笑った。
凛人に至っては、鬼になってからのことや、今まで霞がかってて記憶が朧げであったこと。
どんどん霞ががっていたものが晴れてきて、ようやく記憶を取り戻してきたことを話した。

自分が人間を喰らわず睡眠で賄えることを証明したのは自身を世話してくれ匿ってくれた者が教えてくれたと話す。
そいつは誰だと冨岡は問うたが、詳細は話せないごめん。と言われ、悪い者ではないし自分たちの味方であることを説明され、それ以上は聞かなかった。

最初の頃はひたすらに夢現であった。どこからともなく人を殺せだの、喰えだの強くなれだの悍ましい声が鳴り響いていた。鬼舞辻無惨の姿も何度も出てきて煩わしいからその度にその首を斬ってやった、夢の中だけどな。とあっけらかんと話す凛人に、冨岡は表情には出さなかったが、さすがだなと思ったし、その精神力の強さが凛人の強さの根源なのだろうとも思った。
夢現の中でも鬼を斬らねばとどこか固定観念のようなものが心の奥にひたすらあってとにかく鬼を斬り続けた。
そんな折に杏寿郎に会ったと話す。

杏寿郎の名前を聞いて、冨岡の眉がぴくりと動く。

「やけに親しそうだったが、」
「あいつはいい奴だからな。」
「…そうか。」

本当はとても気になるし色々聞きたいと思ってる。
だが自分の短所でも口下手が今になって仇となって聞き出せない。
悶々としながら凛人を見つめていると、凛人も異様な雰囲気を醸し出す冨岡に気づいて「なんだ、言いたいことがあるならはっきりしろ。」とぴしゃりと言われてしまう。
冨岡が顎に手を当て思案していると、凛人の顔が突然近づいてきて少しぎょっとする。
凛人は顔を近づけじっと冨岡の顔を見る。
冨岡も凛人の目を見返す。
…近い。近すぎる。
凛人の意図することが分からず内心どきまぎしていると、突然頬を抓まれた。

「表情筋死んでないか?」

は?と意外なことを聞かれて冨岡は呆けた顔をする。

「昔は、もっとこう、なんだ。もうちょっと表情があったように思えるけど。鬼に攻撃された後遺症か何かか?」
「…いや、別に。」
「じゃあなんだ、澄ましてるのか?笑ってみろ。」

突然笑えなど言われても、笑えない。
冨岡は酷く困った。だがそんな冨岡の思いなど露知らず、頬をつまみそのまま口角を無理やりあげた。

「変な顔だ。」

あはは、と笑い転げ始めた凛人に、久方ぶりに苛々した感情を抱いた。

大切なものを冨岡は失くしすぎた。
凛人の死をきっかけに冨岡は殻に閉じこもり、自分の感情を表に出さなくなった。人との交友も遮断しているため、必要以上のことを話さなくなり、元来も口下手ではあったが症状はもっと悪化していた。

その過程を凛人は知らないでいた。
だからこそ、違和感を感じていたし、成人した男はこんなものなのか?とすら思ってしまっていた。
だが、杏寿郎はまるで違う。
表情は顔によく出るし、よく笑う。凛人は杏寿郎の優しく笑いかけてくるあの顔が大好きだった。

「杏寿郎を見習ってみろ。」

深い意味はなかった。
ただ手本となる笑顔で思い浮かべたのが杏寿郎であったから、さらりと言っただけだった。
だが冨岡にとってはそれが地雷だった。
冨岡は表情を暗くし、ぷいっと凛人から顔と体を背けた。
自分は五年間もずっと凛人のことを想い続けていたのに、横からずけずけと出てきた炎柱 煉獄に横取りされたような気分だった。
最初はたしかに、鬼となった凛人の首を斬ろうと考えていたが、それは凛人の生き様や性分を汲み取った末だ。誰も大切な者の命を断ちたいなんて思わない。
煉獄よりも早く自分が出会えていたなら、凛人を信じて傍で尽くせていたのは自分だったかもしれないのに。
悔しさと情けなさと悲しさと、様々な思いが冨岡の中でぐちゃぐちゃに混ざり更に気持ちを沈ませた。
冨岡が自分の気持ちをきちんと凛人に伝えることができれば、そんなことはない、と。私も義勇を想ってた、と。冨岡の求める答えが返ってきたかもしれないのに、ここで冨岡の悪い癖である口下手なところが出てきてしまって一向に凛人に伝わらない。

「義勇、どうした。変な顔だなんて嘘だよ。端正な顔立ちをしてると思うぞ。ただ一見能面のように見えただけで。」
「大丈夫、私も鬼になった初期は能面だなんだと言われていた。私とお揃いだ。な?義勇?」

義勇の落ち込んでいる理由がわからず凛人もとんちんかんなことを義勇に言って、機嫌を取ろうとするが空回りする。
どうしたら機嫌が良くなるんだ義勇の馬鹿、めんどくさいやつめ。と凛人は内心で思いながら、ひたすら義勇に話しかけた。

「久方ぶりに会えて嬉しかったのは私だけか?」

そういった凛人の言葉に、冨岡は背けていた体を凛人に戻し、

「そんなことない、俺もだ。」

と、語気を荒げて凛人に言った。
その必死さを感じ取り、凛人は笑って

「ようやくこっちを見たな、寂しいから傍にいろ。」

と、なんだか垂らしのような言葉を吐いて、冨岡の心をまたぐちゃぐちゃな感情で塗りつぶすのだった。
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