□胡蝶しのぶ
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久々の感覚だった。

前方から向かってくる鬼を斬りふせる。
後ろからも気配が襲ってきて振り向き様に斬ろうするがその時にはすでに背後の鬼の首は地面に落ちている。
とん、と背中に当たる背中は凛人のだった。

背中を守られている感覚は、久しぶりだった。





「水の呼吸の一派は鬼を連れて行かなければならないとでも決まっているんですか?」

鈴が鳴るような声が背後から聞こえた。
冨岡が振り返るとそこには、不気味なほど笑みを顔に貼り付けた、蟲柱の胡蝶しのぶがこちらを見て立っていた。

「二人仲良く鬼討伐とは、仲睦まじくていいですね。」
「…何の用だ。」
「鬼狩りに来たに決まってるじゃ無いですか?」

そんなことも言わないと分からないんですか?冨岡さんは。と小首を傾げて聞く胡蝶に、冨岡は顔を曇らせる。
そんな冨岡をみて、胡蝶はくすりと笑うと、あーあ、と態とらしく声を漏らしてこちらに歩いてくる。

「私がきた頃にはもう鬼を全部斬ってしまったようですけど。折角新しく調合した毒を試そうと思っていたのに。」

至極残念そうな顔をしながら刀に手を添え嘆息する。そして、胡蝶は横目で凛人を見ると、含みのある笑みを向ける。

「あなたが実験台になってくれますか?」
「…いや、遠慮する。」

ばさりと胡蝶の言葉を斬り伏せた凛人に対して、そうですかと特に気にする様子もなく、刀を鞘に収めながら凛人に近づく。

「凛人さん、私は貴方とお話ししたいと思っていたんです。」

そう微笑みながら言う胡蝶に、冨岡は不穏な雰囲気を感じ凛人を背後に隠そうとするが、凛人がそれを手で制す。何故だ?と凛人を見るが、凛人は首を振る。
そんな様を胡蝶は眺めて、またくすりと一つ笑った。

「冨岡さん、何を心配してるんですか。取って喰いやしませんよ、鬼じゃないんですから。」

ぴしぃ、とその場が凍りつく。
冨岡は眉間にしわを寄せて、胡蝶を睨む。
だが胡蝶はそんなこと気にせず凛人の傍に立ち、話しかける。

「以前あなたが人間だった頃に、私とお会いしたことは覚えておいでですか?」
「ああ、覚えている。よく怪我の手当てをしてもらっていた。感謝している。カナエさんはご健勝か?」
「死にましたよ、鬼に殺されて。」

さらりと胡蝶が言った言葉に凛人は目を見開き、そして眉を下げ悲しそうな顔をした。その顔を見て、あらあらと口に手を当て、「鬼も人を労わることができるんですね、驚きです。」と凛人の顔を覗き込み言った。先程からおちょくるような言い方をする胡蝶に、「おい、」と冨岡が制止しようとするが、凛人が冨岡の袖を引っ張り止める。胡蝶はそれを横目に見ながら、凛人に視線を戻し、続ける。

「貴方は鬼になって五年間、人を食べていないと聞きました。だからこそ、冨岡さんや煉獄さんが貴方と連れ立っていてもお館様は何も言わないし大目に見ている。私達隊士にも貴方を討伐しろと言わない。むしろ生きて連れてきて欲しいとおっしゃる。でも、これからも本当に人間を食べることはないんでしょうか。どこが起爆点となって暴走するか分からないじゃないですか、だって貴方が鬼であるという事実は変わらないのだから。貴方が人間を食べる可能性は、無いとは言い切れませんよね?」

胡蝶は畳み掛けるように凛人に尋問する。凛人は胡蝶の意見を全て聞き、うすら笑う胡蝶の目をぶれることなく真っ直ぐ見つめる。

「私が人間を喰った時は、冨岡が私の首を斬ってくれる。」
「それは安直な考えでは無いですか?喰われた人間の命は戻りませんし、情が沸いているだろう冨岡さんがいざという時に貴方の首をきちんと斬れるかなんて分かりません。」
「なら貴方が私を殺せばいい。」

貴方が私を、自慢の毒で殺せ。

そう言い切った凛人に、胡蝶の動きが止まる。

「私は自分で鬼となると決めた時、人間を守るために生きることを決めた。喰らうためではない。その信念を貫きながらこれからも生きる。だが可能性の話はとりとめない。だから私の事を、貴方も監視していてほしい。」

よろしく頼む。
そう言って頭を下げた凛人を、胡蝶は呆然としながら見下ろす。
そして、今までのうすら寒く、態とらしいものではない、自然な笑みを浮かべた。

「本当に不思議ですね、禰豆子さんといい貴方といい。」

あはは、と笑い始めた胡蝶に、凛人と、隣で取り押さえる心積もりをしていた冨岡も驚き凝視する。
笑いがおさまると、胡蝶は先ほどまでの怒気を孕んだ様子と違い、柔和な雰囲気を醸しながら凛人の顔を覗き込む。

「私は継子と、蝶屋敷の女の子のお世話で手一杯です。貴方は冨岡さんや煉獄さんに見守ってもらって下さい。」
「いや、でも情がなんとやらと。」
「冨岡さん、貴方の決意はどうなんですか?」

振り向き様に言う胡蝶に、冨岡は、「もしもの時は、誰でもない俺が凛人の首を斬るし、俺もその場で自害する。」と、嘘偽りない澄んだ眼で見つめられる。

「あら、でも冨岡さん。禰豆子さんが人間を喰ったときも腹を切ると言っていましたけど、その後の凛人さんの監視は誰がなさるんですか?煉獄さんに任せきりにするおつもりですか?」

と、悪戯口調で言う胡蝶に、冨岡は口を噤む。
そして、そんな話を聞いたこともなかった凛人は冨岡を見て、「なんだそれは聞いてないぞどういうことだ義勇。」と詰め寄り始めて、冨岡は「いや、その。」とたじたじになる。
凛人さんの前だと、冨岡さんはこんなにも感情が分かりやすく出るのだなぁと思い、その二人のやり取りの微笑ましさにまた胡蝶は可愛らしくくすりと笑った。

「凛人さんは、人間になっても鬼になっても変わりませんね。安心しました。今日貴方とお話できてよかった。」

そういうと、胡蝶はくるりと反転して、凛人や冨岡と反対方向へ歩み始める。

「しのぶ。」

自分たちに背を向けて歩き出した胡蝶に、凛人が呼びかける。

「大切な者をこれ以上失わないよう、人間を守るために私は鬼を斬る。だからこれからも、共に戦ってほしい。」

そう大声で、切実にいった凛人の言葉に
胡蝶は足を止め、そして振り向き言った。

「期待していますよ凛人さん、次戦場で会った時はよろしくお願いします。」

振り向いたその顔は、笑っていた。
だけど貼り付けた笑顔ではなく、よく見知った笑顔だった。








「人を喰わない鬼もいるのに、どうして私の姉は鬼に殺されたの。」

消え様にいった、胡蝶の悲しみを帯びた声は、誰にも聞かれることなく夜の闇に消えた。
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