□後日談
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「義勇、戻ったぞ。」
「…ああ。」

義勇は凛人の帰宅を確認すると、奥へとすぐ篭ってしまった。
凛人はそんな冨岡の後ろ姿を見て、肩を落としげんなりする。

やっぱりまだ怒っているか…。

凛人は冨岡と知り合って今に至るまで怒った姿をまるで見たことがなかった。
自分がどんなに冨岡に憎まれ口を言ったとしても全く怒ったことがなかったのだ。
だから今回、こんなにも怒りをあらわにしている冨岡を見て、凛人はとても戸惑っていた。
どういう態度をしていいのかも分からないし、「なんだよ義勇。拗ねてるのか?」なんていつもの調子でまるで聞けない雰囲気を醸し出していた。

はぁ、と一つため息を吐いて部屋の戸を開ける。するとそこには美味しそうな匂いが立ち込めており、卓にはご飯がずらりと並んでいた。

「食べるか?」
「…うん。」

その卓にのっているのは、自分が人間だった時に好物だと言っていたものばかりで少しばかり驚く。

「義勇が作ったのか?」
「そうだ。」
「…そうか。」

卓には並んでいるご飯の中から、揚げ出し豆腐を一つ箸でつまみ、口に運ぶ。

「美味しい。」
「それは良かった。」

そういうと、冨岡は口の端を少しあげ、食事を再開した。
そんな冨岡を見て、凛人もまた、自分の好物をどんどん食していく。
久方ぶりの穏やかな時間に、凛人は内心ほっと胸を撫で下ろしていた。

「そういえば義勇、食事時に悪いが杏寿郎から文を預かってるんだが。」
「そうか。」

手を差し伸べられたそこに預かった文を置く。
冨岡は文を開き内容を確認すると、「俺も悪かった。」と一つ言った。

「え?何が?」
「…俺も意固地になってた。凛人の性格を考えれば鬼の元へ向かうのは当然だ。凛人の気持ちを考えてやれてなかったと思う。すまない。
だけど、それ以上に俺は、心配していたんだ。」

突然饒舌に話し始めた冨岡に、凛人は驚き箸を止める。
そして冨岡を見つめると、冨岡も凛人を見つめていた。

冨岡の手が凛人に伸びて、そして腕を捕まれ、そのまま倒れこむ。
背中には硬い床、見上げれば天井と、冨岡の視線とかちあった。

「凛人を繋ぎ止めるものが欲しい。」
「…鎖でも繋ぐか?」

腕を掴む力が少し強まって、凛人は少し眉を顰める。
だが、冨岡は今回は、手を離さなかった。

「そんなことしたくはない。だけど、俺はそうしてしまいたいとすら思った。醜い考えがどんどんと膨れ上がっていくのに自分でも嫌悪してる。」
「そう思わせているのは私だ。何も嫌悪を感じることはない。私が悪いんだ。」
「違う!俺は凛人を攻めたいわけじゃない!」

必死なその姿に、凛人はその背に腕を回して抱きしめてやりたいと思った。
だけど腕が床に縫い付けられてしまってそれも叶わない。

義勇の目は、ひたすらに自分を見つめていた。
その視線は、自分の体を焼ききるほどの熱さを秘めているように感じた。
この視線に、私は今まで何度もあてられている。

「義勇、私を女だと知っていたか。」
「…ああ。」
「隠していたつもりだったんだがな。さすがにバレていたか。錆兎にも知られていたんだろうか。」
「…そうだな。だけど、凛人が男でも女でも関係ない。俺たちは凛人という存在を認めていたし、信頼していた。大切に思ってた。」
「なんだ、過去形なのか?」
「違う、そうじゃない。」

冨岡の顔が悲痛に歪められて、凛人は「なんでそんな悲しそうな顔をするんだ。」と眦を緩めて微笑んだ。

「義勇、この腕を離してくれないか。」
「駄目だ、俺はもう。」
「分かってる。」

凛人の眼光の鋭さに、冨岡は一瞬慄き、そして逡巡して腕から手を離す。
解放された腕を、凛人はその背に回した。
冨岡の肩がぴくりと揺れる。

「凛人。やめてくれ。」
「何を今更怖がる。私が鬼だからか。」
「そんな訳がない。鬼だろうが、人間だろうが関係ない。そう思ってしまった自分自信が恐ろしい。」

触れてきたのは義勇なのに、触れられると怖いと愚図りだす。
駄々をこねる子供のような冨岡に、凛人は内心ほくそ笑み、怖がる義勇の背を撫でた。
そして、至近距離で義勇の目を見つめた。

「義勇、私はお前を受け入れるよ。」

お前はどうだ?
そう挑発的に言う凛人に、冨岡はぞくりと体を震わせ、震える手で凛人の頬に手を添え、その赤く熟れた唇を貪った。

「俺は、凛人を愛してる。そう思ってしまった俺を許してくれ。」

自身の体を貪り始めた義勇を受け入れながら、凛人はぼんやりと、折角作ったご飯が冷めてしまうな、と思った。
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