□告白
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自分を押さえ込む力。
振りほどけないわけではないけど、
自分をかき抱くその姿は可哀想になる程必死だったから。
力強さの中に優しさを感じて、乱暴かと思えば気遣いもあって、私は身を任せていた。
身を焼き切るんじゃないかと思うほどの熱い視線をひたすらに注がれた。
自分の体を弄る手は、かかる吐息は、どれも熱かった。
なんだか恥ずかしくてそっぽを向くと、名前を呼ばれて、悲しそうな顔をされて、頬を包まれて、
必死に何度も名前を呼ばれて、懇願され、許しを請われて。

「俺は、凛人を愛してる。そう思ってしまった俺を許してくれ。」

義勇の言葉を聴きながら、愛するということは、そんなにいけないことなのだろうかと思った。
私はその言葉を聞いて、とても嬉しかったのに。
鬼となった私も、義勇は求めてくれるんだな、と思ったから。



月明かりで目が覚めた。
身を起こして、はだけた寝間着を直す。
すると後ろから身動ぐ気配を感じて、振り返る。

「おはよう。まだ寝てていいぞ。」

起き抜けに自分を見つめる義勇の目は、まだ熱を帯びていて、自分の体が少しぶるりと震えた。

「どこに行くんだ。」
「水浴びに行ってくる。」

この体の熱さを冷ましたい。
頭を空っぽにして考えたい。

冨岡の視線から逃れるように、凛人は家を出て、滸を目指して歩いた。

水辺に寝間着を全て脱ぎ捨てて、ゆっくりと水面に体をつける。
夜ということもあってひたすらに冷たかったが、今の凛人にとってはそれがちょうど良かった。

愛だの恋だのと考えて思い出すのは、自分によく恋愛噺を聞かせてくれた今は亡き蟲柱の、胡蝶カナエのことだ。

自分が怪我をして蝶屋敷を訪れる度に悲しそうに笑って手当てをして、
男の格好をする自分を見て、いつかは女の子の格好をしている姿も見たいわ、などと言った。
そんな言葉に顔を顰める自分を見て、どうしてそんなに嫌そうな顔をするの。と頬をさすられ淑やかに微笑まれたのを覚えている。

胡蝶カナエには自分が男の格好をし始めた経緯を伝えていた。
男でも女でも関係なく鬼は斬れるし、鬼殺隊内で男女差別はまるでないことも聞いた。
現に自分は女であるが柱として活躍しており、なんなら男よりも強い立場であるから恋愛相手が中々探せないのだと嘆いていた。
冨岡さんだって、性別で態度を変えたりしない人でしょ。と言われて、まぁそうだろうなとは思った。

だが一度男として生きるのだと決めてしまった手前、意固地な自分は今更変えることが出来なかった。
変える必要もないと思っていた。
男でも女でも関係なく鬼を斬れる。なら私は男として鬼を斬ろうと思った。

そうカナエさんに伝えると、
そんなの勿体ない、女としての楽しみ方があるのにと言われた。

恋愛噺をたまにカナエさんから聞いていた。
何故私にそんな話をするのだろうかと不思議だったが、カナエさん自身がとても楽しそうに話してくれ、その姿がとても可愛らしく思えたので黙って話を聞いていた。

カナエさんは以前、好いていた者がいた。
その者も鬼殺隊の隊士として鬼と戦っていた。
その者はとても強く、真も通っていて、正義感に溢れていた。
その姿に憧れていたし、私は惚れていたのだと思う、とも言っていた。

少しでも共に話したい。
傍にいたい、
出来るなら触れてみたい。触れられたい。

その者の事を考えると温かくて優しい気持ちになれた。幸せに思えた。

そう幸せそうに話す彼女だが、最後に彼女は締めくくるのだ。
もう死んでしまったから、自分の思いは一生伝えられないのだ、と。

人の一生は、儚くて短い。
だからこそ、堪らなく愛おしく尊い。
それが人間の素晴らしさだ。

だけど、人が死ぬのは悲しいことだし、
自分の思いを伝えられなかったことを今でも後悔してる。

凛人さんは、後悔しないようにね。

そう言って笑いかけた表情が儚げで、とても美しくて、今でも覚えているほど印象に残っている。

この時点での私は愛だの恋だのとんと検討もつかなくて。
意外にももう既に傍にいるのではないかと問われたが首をかしげるばかりだった。
今はひたすらに鬼を斬ることだけしか考えられないと言えば、
カナエさんはとても悲しそうな顔をして、
それも私たちには大事なことだし、生きる目的になってるのかもしれないけど、他にも目を向けることがあるから盲目にならないで。と言われた。

貴方には誰かの存在が必要なのだろうとも言われた。
カナエさんの言葉を今更思い出して、
私にとって、その存在は義勇だったのだろうと思った。


水に体を浸けていると、背後で気配がした。
振り向くと、そこには義勇が突っ立っていた。

「なんだ、覗きか?」

特に身体を隠しもせず振り向きそう言うと、義勇は何も言わず、服を着たまま水の中へざぶざぶと入ってきた。

「人間の体にこの冷たさは染みるだろう、早く上がった方がいい。体調を崩すぞ。」

忠告などまるで聞かず、義勇はどんどんと近づてきて目の前に立つ。
その姿はまるで濡れ鼠のようだった。

「どうしたというんだそんな必死に。」
「凛人がこのまま消えてしまう気がした。」
「義勇の傍にいると言ったろう。何故そうも心配性なんだ。」
「凛人が大切だからだ。」

物怖じもせず伝えてくる義勇に、ああそうかとこっちがたじろいでしまう。
五年間姿を消し、鬼となり、心配させたがために一層自分に執着しているのかとも思ったが、それ以外の要素があることを先ほど知った。

「私も大切に思っているよ。」

何度も交わした言葉、
義勇が私を想っているように、
私も義勇を想っている。

お前が死ぬなら私も死ぬ。
お前が鬼に殺されるより前に私が殺す。

物騒な言葉を織り交ぜながらも伝えていた。
義勇がいない世界で私は生きたくないのだと。共に生きていたいのだと。

「義勇を家族のように想ってる。かけがえのない存在だ。」
「俺もそう思ってる。だけどそれだけじゃない。」

義勇の視線は身を焦がすような熱を帯びている。
その視線は、自分の身体をはっきりと捉えていて、身の置き所のなさを感じる。
この感情を、今までに何回か味わったことがある。
義勇の熱っぽい視線が自分に向けられているのを、私はなんとなく、以前から気づいていたのかもしれないと今では思う。

「触れてもいいか。」

恐る恐る聞いてくる義勇に、なんだか笑いがこぼれた。

「先ほどまでの積極性はどうした。今更だろう。」
「俺を軽蔑しているか。」
「…いいや。」

目の前に立つ義勇がそれ以上近づいてこないため、自分から近づいて、義勇のそばに行く。

「俺を気持ち悪いと思うか。」
「何故そう思う。」
「俺は凛人を今まで女と知っていた。知っていた上で傍にいたし、邪な気持ちを抱いてしまった。」
「義勇はむっつりだな。」

揶揄うな、と義勇は叱責するが、凛人はなんだかおかしくて仕方ない。
義勇の腕を取ると、びくりとその腕が反応する。
自分の腰に手を回させ身体をぴたりとつけると、義勇の体がぶるりと震えた。

水に浸けた体は冷たくなっている。
だけど、聞こえてくる心臓の拍動はとても早く、体の芯の方はとても熱く猛っているようだった。

「愛だの恋だの、未だによく分からない。私は男として生きてきたのだから。」

義勇の体に、更に身体を密着させる。
義勇の体と私の体はまるで違う。
義勇の胸は平たく筋肉質だが、自分の胸には膨らみを帯びた双丘が付いている。
私は男ではなく女だとはっきり分かる。

「だけど、お前に触れられて、求められて、私は嬉しいと思った。」

凛人がはにかんで言うと、義勇は恐る恐る腰に回していた腕に力を込めて凛人の身体を抱きしめた。
そんな義勇に、凛人はうすらとほくそ笑んだ。

「私は鬼だ。人間じゃない。
お前と生涯を共にするのは無理かもしれない。人間としての幸せをお前と共に共有できない。」

凛人は義勇の顔を見上げ、顔にかかった濡れた髪を耳にかけ、その頬を摩る。

「お前は私ではなく、他の女と添い遂げた方が幸せだろう。だけど、それを嫌だと思う私がいる。」

顔を近づけ、昨夜のように、今度は自分から、義勇の唇に自分のを重ねる。
そして顔を離し、微笑む。

「お前の幸せを願えなくてごめん。このまま私の傍にいてほしい。」

愛してる。
そう告げた凛人は月明かりに照らされて、きらきらと光っていて、
義勇は凛人をひたすらに美しく感じた。
義勇は凛人の言葉を聞いて、ひたすらに喜びに打ちひしがれた。

「凛人が鬼でも人間でも関係無い。
俺も、凛人を愛してる。」

愛の告白を再度して、滸の中心で、二人は身体を抱きしめあった。
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