カラ松恋愛事変
□ようやく会えたな俺のマイエンジェル
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また二人で隣り合ってベンチに座る。
涙をポロポロと流すカラ松の背中を叩き時雨は慰める。
そんな時雨をみて、カラ松は歓喜に震えてまた涙を流した。
そんなエンドレスループが続き、カラ松の涙も段々と落ち着き、時雨も焦りの表情からすこしホッとしたように顔を綻ばせ息を吐く。
「わたし、カラ松さんの泣き顔ばかり見てる気がします、二回だけだけど。」
「う…すまん。」
「いやいや!いいんですよそんな!何かあったなら、また私に話してください。」
ね?
そういって顔を傾けカラ松の顔を覗き込んでくる時雨に、カラ松はびっくりして後ろに仰け反る。
え…?と驚いている時雨に気の利いた言葉の一つでもかけたいが、時雨の前ではいつもうまく言葉を紡げない。
カラ松は顔に集まって赤くなっているだろう顔を片手で覆い顔を背けることしか出来なかった。
「えーと、原因は、私ですか?」
「いや違う!いや違くはないが…悪い意味じゃなくて…」
段々と声が小さくなっていくカラ松の声に、時雨は一層耳をそばたて真摯に向き合う。
「どうしました?」
「…。」
そんな真剣な目を向け、自分を心配してくれているのだろう時雨に、時雨に会えて感極まって嬉し泣きをしてしまいました、なんて。
恥ずかしくてとても言えなかった。
その場で沈黙していると、時雨がベンチを立ってしまう。
「!…時雨?」
どこかに行ってしまいそうな時雨の手を思わず掴んでしまう、
すると時雨は一つ笑って俺の手に自分の手を重ねた。
「すぐ戻ってきますので、ちょっと待っててくださいね。」
そういうと、時雨は前方に走って行ってしまった。
待っててください、と言われてしまえば、カラ松も、何も言えないし出来ない。
掴んだ手はとても暖かくて、その温もりを感じながら背もたれに体を預ける。
俺…すごくカッコ悪くないか…?
女の子の前で、涙流して…男としてどうなんだ…?
今更ながら自分がとてもとても女々しいことをしていることに気づいて自己嫌悪をする。
次は、俺が時雨の話を聞いてあげたかったのに。
カラ松の脳内で繰り広げられていた時雨との再会のシチュエーションは全て台無しに終わってしまった。
サングラスもないし、格好も松パーカー姿だし、うおおおおと脳内で駆け巡る劣情にその場で頭を抱える。
すると首にひんやりとしたものが押し当てられてびくりと体が震える。
がばりと体を起こすと時雨がいて、
「涙流しすぎですよ。はい。」
そういって手渡してきたのは、スポーツドリンクだった。
「水分摂取しないとね。」
首に押し当てられたひんやりとしたものは、ペットボトルだったのだろう。
わざわざ買ってきてくれたのか、そう思うと胸がきゅんと高鳴った。
「あ、お金。」
「いいですよこれぐらい!私が飲みたかっただけですから。」
カキンッと男らしく片手で缶を開けて、ごきゅごきゅといい音を鳴らして、時雨は手の中に持つ飲料水を飲み干していく。
時雨が飲んでいるのは、昔懐かしいロゴ入りのサイダーだった。
「あ、こっちの方が良かったですか?飲みます?」
そういって時雨は飲みかけの缶ジュースを差し出してくる。
飲みかけの缶ジュース。
飲みかけの…間接…キス。
そこまで考えて自分の頬をピシャリと叩く。
そんな俺を見て時雨はびくりと体を震えさせ驚いているが、これは俺が悪い。
変なことを考えた俺が…
「その気持ちは嬉しいが…気持ちだけとっておくことにするぜ…」
「は、はい…頬痛そうですけど大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、問題ない!」
そういって親指を立てて時雨に見せると、時雨はくすくすと笑い始めた。
「泣いたり落ち込んだりカッコつけたり、ほんと忙しない人ですね。カラ松さんは!」
あははと声をあげて笑う時雨に、俺は呆気にとられるが、時雨が笑っていると嬉しくて、俺も声をあげて笑った。
久しぶりに、こんなに笑ったような気がする。
「カラ松さんは、笑ってる方が素敵ですよ。」
そういって笑って俺を褒めてくれる君の方が、とても素敵だ。
いつものキザなセリフは何も考えずに言えるのに、どうして本当に心から思っている言葉は言えないのだろう。
カラ松は不思議に思った。
でも時雨と隣にいる自分はとても素が出ているような気がして、心地よくて、また時雨に会えてよかったと、心の底からカラ松は思っていた。
「そういえば、兄弟の皆さんは元気ですか?」
「ああ、変わりなく元気だ。」
「そうなんですね、あの後は兄弟みんなで家に帰ったんですか?」
あの後、というのは多分時雨と別れたその後、という意味だろう。
「ああ、みんなで仲良くな。やはり俺がいないとみんな寂しいらしい。」
そういうとくすくすと時雨は笑う。
「当たり前ですよ、兄弟とか姉妹って、なんだかんだ大切な存在ですもん。」
「そういうものか」
「そういうものですよ。」
隣で可笑しそうに笑う時雨につられて、俺も笑う。
「そういえば、あれからみんなやたら俺に梨を食わせたがってな」
「ほんと申し訳ないなーって思ってたんでしょうね。あ、梨といえば」
そういうと時雨は自分が持っていたリュックの中を漁り始める。
そしてお目当てのものを見つけたのか鞄から手を抜いて、俺の手をとって何かを握りしめさせる。
「あげます、これ」
握りしめられたそれを見ると、梨味のチューインガムだった。
「梨ってみると、カラ松さんのこと思い出すようになっちゃって、」
カラ松さんのこと、思い出すようになっちゃって…
時雨から言われた言葉と、手の上に乗っかる梨味のチューインガムを眺めて、俺と会えなかった期間、時雨も俺のことを考えてくれていたのだろうか。
そう思うと、とても嬉しくなって、胸がぽかぽかと温かくなって、幸せな気持ちになった。
「時雨はすごいな。」
「え?」
「俺を喜ばせる天才だ!」
そういってチューインガムから時雨の方に視線を移すと、きょとんと驚いたような、可愛らしい顔をしていた。
「そういってくれて、とても嬉しいです」
時雨の顔を見ていると、次の瞬間にはもっと可愛らしい表情をした、満面の笑みをした時雨がそこにいて、
顔にどんどんとまた熱が集まってきて勢いよく視線をずらす。
「せ、せっかくだから、一緒に食べないか?」
ぺりべりとガムの紐を開けて、一つを自分の手に、一つを時雨の手に乗っける。
「梨味って美味しいんですかね?」
「どうだろうな、梨は美味しいけど。」
「兄弟のみんなからもらった梨は格別だったんじゃないですか?」
「そうだなー…」
ぺりぺりと紙の袋を開けて、口の中に入れる。
噛むと梨の味が広がって、とても美味しかった。
それは兄弟たちからもらった梨とはまた違って、
「時雨からもらったガムが、一番格別かもしれない!」
そうカラ松がいうと、突然時雨がむせ始めた。
ごほごほと咳を繰り返す時雨に、カラ松は驚き自分が飲んでいたスポーツドリンクを手渡し飲ませる。
「だ、大丈夫か?」
「ごほっ…ごめんなさい。気管に入っちゃったみたいです…」
スポーツドリンクを飲むと、落ち着いたのか、咳を軽くして、カラ松にまた渡す。
その顔は咳き込んだせいか涙目で、顔が赤くて、扇情的だ、なんてカラ松は思ってしまい、頭を振ってそんな考えを必死で失くす。
なんだか今日は1日暑いなぁ〜そう思いながら時雨から渡されたスポーツドリンクを飲んでいると、ある事にカラ松は気付いた。
これ、間接キスではないだろうか。
飲んでいる最中に気付いてしまったから、突然のことで次はカラ松がむせ混み始めてしまう。
「か、カラ松さん?!大丈夫ですか?」
「お、俺も気管に…ごほっごほっ」
むせ込んでいると、背中をぽんぽんと摩られる。
「私たち、可笑しいですね。二人してむせ込んじゃうなんて。」
「ああ、本当だ。」
本当に可笑しい。
カッコつけている自分が本当なのか今こうして時雨としゃべっている自分が本当なのか、分からなくなってしまうほどに。
「そういえば、今日はなんであそこにいたんですか?」
「あそこ?」
「橋の上です」
なんであそこにいたか、あそこにいたら、時雨に会えるかもしれないと思って待っていた、なんて、とても恥ずかしくて言えない。
「あ、あそこから見える景色が好きなんだ。」
何も嘘はついていない。でも何処か後ろめたい気持ちになって時雨から視線を逸らしてしまう。
「奇遇ですね、私もあそこからの景色好きなんです。綺麗ですよね。」
「時雨は、よくあの橋を通るのか?」
「はい、大学の行き帰りで通りますよ」
「そ、そうなのか?」
「はい」
にこにこと笑って時雨は言っているが、そしたら何故俺達はひと月も会えなかったのだろうと思うと、カラ松は不思議な気持ちになった。
「カラ松さん、よくあそこで佇んでますよね。」
「え?!」
「学校の帰りに何回か見かけたことあります。
…あ、今の発言ストーカーみたいでした?そんなんじゃないですよ!たまたまです!」
あわあわと腕を振って否定する時雨だが、俺は全くそんなこと思っちゃいない。
時雨に見られていたのかという気恥ずかしさと、嬉しさと、そして話しかけてくれればよかったのにという様々な思いが入り乱れた。
「ここ最近も、見かけたか?」
「あー、見なかったですね。今日見かけたから、つい話しかけちゃいました!」
私のこと覚えてるかヒヤヒヤしてたんですけどね。
そういって悪戯に笑う時雨をみて、カラ松は、時雨はなんていい子なんだと感じていた。
このひと月、俺と時雨は入れ違いになっていたのかもしれない。
それで中々会えなくて、そして今日会うべくして会うことが出来たのだ。
そう思うと必然や偶然が織り混ざって会えた時雨との奇跡に、一人心の中で神に感謝した。
「時間ってあっという間ですね、もう日が暮れてきましたよ?」
そういって時雨が指差したのは、川の向こう、夕日が沈む先の方向だった。
時雨と話していると、いつの間にか時間が経ってしまっていて、離れたくないのに、無情にも時は経って離れ離れにさせてしまう。
「あんまり遅いと、また兄弟が心配して探しにきちゃいますよ?」
「ふっ、そうかもしれないな。」
時雨がベンチを立ったので、カラ松も席を立つ。
このまま別れてしまえば、次はいつ会えるだろうか。
また、ひと月後なのだろうか。
「カラ松さんと話してると、時間があっという間だなぁ」
俺もそう思うぜ。
いっそ時なんて経たなければいい、
「またカラ松さんを見かけたら、話しかけていいですか?」
また見かけたら…
聞き間違いかと思い時雨の方を見ると、やっぱり時雨は俺の心を鷲掴みにした笑顔で笑っていた。
「カラ松さんが嫌じゃなければ、ですけど。」
「俺も!」
感極まって、ついそばにあった時雨の手を取ってしまう。
いつものカラ松ならこんな行動力もないし、出来る度量もないが、今日のカラ松は、時雨に対するカラ松は、何もかもが必死だった。
「俺も、話しかけて、いいだろうか。」
そう、一つ一つ、力強くカラ松は言う。
その顔はとても真っ赤になっていたが、うまく夕日がカバーしてくれ、時雨には見えていない。
「…勿論!今度は兄弟の皆さんのこと、もっと教えてくださいね。」
「ああ!時雨の話ももっと俺に聞かせてくれ」
「はい!」
次の約束をして、二人はお互いに帰路に着いた。
いつ会う、というのは決まってなかったが、このひと月よりは、ゆったりと時雨に会える日まで待てる気がした。
カラ松のポケットに入っているハンカチが、次また会えるということを証明していた。
「あ、渡しそびれた。」
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