カラ松恋愛事変

□デ、デート?
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ショッピングモールへとやってきた二人は、ウィンドウショッピングを楽しんでいた。
男物、女物、それぞれを二人一緒に見ながら、これは似合うのではないかとお互いに言い合い、その姿ははたから見ればカップルのように見える振る舞いだった。

「これはどうだろうか。」
「んー、こっちは?こっち!」

カラ松が選ぶ服はどこか派手な服が多く、時雨はそれを見るたびぎょっと目を瞬くこともあったが、
すかさず時雨が選んだものをカラ松も好み、試着をする服はカラ松にとても似合っていて、時雨はかっこよくなったカラ松を見てふふんと鼻高々になっていた。

「ど、どうだろうか。」
「すごいかっこいいよ!カラ松くんはなんでも着こなしちゃうんだね!」

時雨に純粋に褒められ、カラ松の顔がみるみるうちに赤くなる。
いつものかっこつけも出る幕なく、カラ松はどきまぎとしながら試着室に引き返し、元着た服に着替えると店員さんを呼び、時雨に褒められた店頭の服を購入した。

「今度その服着てきてね!かっこよかったよ。」

そう隣で言われてはもうカラ松は骨抜き状態だった。
兄弟(主にトド松だが)と買い物に行くのとは違う、同じセリフを言われても、重みが違う。

時雨に言われると、何もかも動揺して、熱が高まって正常に脳が働かなくなる。
心が、乱れる。
時雨の前ではかっこよく見られたいと思うのに、それがどうにも上手くいかない。
時雨の前では形無しだ。

「ねぇねぇ、こっちとこっち、どっちがいいかな?」

時雨は二つの服を並べて、どちらがいいかと俺に聞いてくる。
聞いてくる時雨がそもそも可愛いのだ。
時雨が試着すれば、全部が可愛いに決まってる、似合わない服なんてあるはずがない。
でも、そんな俺の褒め言葉を聞いても、時雨は「えー」とどこか腑に落ちないように唇を尖らせる。
その仕草もまた可愛いくて。

俺は嘘はつけない。
似合ってる服を似合わないとは言えない。ぶすくれる時雨には申し訳ないのだが、同じ言葉しか口から出てこないのだ。
時雨が着た一着のワンピースを、時雨に内緒でこっそり購入する。

時雨に言えば、絶対に拒否されると思ったからだ。
このワンピースを着た時雨は、とてもふわふわしていて、本当に天使のようだった。
俺の前に現れた、美しくも儚い天使。
掴めば儚く消えてしまいそうで、その手を掴むことは出来なかった。

「色んなお店があって楽しかったね!」
「ああ、本当に楽しかった。」

ショッピングモールから離れて、時雨が気に入っているというカフェに入る。
そこはどこもかしこも絵本がずらりと置いてあって、自分が幼少の頃に読んだ懐かしいものがたくさん置いてあった。
絵本、といえば子供用かと思えるが、ここのカフェにいる年齢層は思ったよりも高い。

「なんか、ここにいると落ち着くんだよね。」

そう言って一冊の絵本を読み始める時雨の隣で、俺もその絵本に目を落とす。
時雨の言う通り、どこかここの空間は居心地が良かった。
年齢層も高いからか、どこか落ち着いていて、静かに本を楽しめるスペースとなっていた。
出てくる紅茶も美味しくて…
コーヒーもあったが、ちょっとその…今はミルクティーの気分だったから…
そういう気分だったから…時雨もレモンティーを頼んでたから、だから俺もそれに乗じて…

心の中で言い訳をしながら、あったまったミルクティーをカラ松は口に含む。
うん、美味い。

「この絵本、昔から好きなんだ。カラ松くん、知ってる?」
「ああ、いつだったか。映画化されてなかったか?」
「そうそう、私観に行っちゃったもん、感動したなぁ。」

ぱらぱらと読み進める時雨の隣で、カラ松は、時雨のお気に入りの空間に居られることを光栄に思った。
顔見知りの店員さんに、お気に入りの席と、飲み物、そして絵本。それを全てカラ松に教えてくれる。

「色々行き詰まった時にここにくると、気分転換になって、明日も頑張ろうって思えるの。私へのご褒美っていうか」

そう話す時雨は、本当にここの空間が好きなのだとカラ松に伝えていた。
すこし時雨のことを知れたような気がして、カラ松はとても嬉しく思った。
胸がぽかぽかと温かく感じるのは、飲んだミルクティーのおかげか、時雨のおかげなのか、今のカラ松にはどちらでもいいことだった。

「カラ松くんでいう、赤塚橋なのかなーって思っちゃった」
「え?」
「この前言ってたでしょ?あそこから見える景色が好きだって。」

確かにそんなような話を時雨にした覚えがある。
そして、時雨が言ったことは本当だと思った。嬉しかった時、落ち込んだ時、悲しい時、寂しい時、何かあった時はあそこからの景色を眺めるようになった。
俺のベストプレイス。
そしていつの間にかその空間には、時雨がいて、その存在は日毎に大きくなっていて、今では、時雨がいない赤塚橋は、とても寂しいとすら思えるようになってきてしまった。

「だからね、カラ松くんといつか一緒に、ここのカフェに行きたいなって思ってたんだ。」

願いが叶っちゃった。
そう無邪気に微笑む姿を見て、とても堪らない気持ちになった。
何故か涙が出そうになった。
俺のベストプレイスに時雨がいるように、時雨も、俺にそう少なからず思っていてくれてるのだろうか。
俺が時雨を想うように、時雨も少しは俺のことを考えてくれているのだろう。
他の誰でもない、俺だけを、思ってくれるのだろうか。
自分にあまり向けられることのない感情を、時雨は向けてくれているような気がして、とても嬉しかった。

「じゃあ次はカラ松くんの番ね」
「俺の番?」
「代わりばんこで教え合おうよ、お気に入りの場所。それでね、もし全部言い尽くしちゃったら、」

二人で、新しい場所を見つけよう?
落ち着いた音楽が店内に流れる中、カラ松は、自分の中で時雨の存在が大きくなっていくのを、どこか他人事のように感じていた。
他の誰でもない、自分に向けられる言葉一つ一つが、カラ松の心に深く刺さり、それは体の熱に当てられ溶けていく。
その痛みは、胸を苦しくさせるが、とても甘ったるくて、病みつきになりそうになる痛みだ。一つ息を吐いて、心を鎮める。
目の前で、温かく笑いかけてくれる存在を、カラ松はただひたすらに、大事にしたいと思った。



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