カラ松恋愛事変

□デ、デート?
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からんからんとかかってる鈴を鳴らして扉を出る。
するともう日も暮れて辺りは暗くなっていた。

「わー、もうこんなに暗いのか。絵本って読み出したらキリがないんだよねー」
「子供の頃に読んだきりだったから、懐かしかったな。すごく楽しかった。」
「ほんと?そう思ってくれてよかった。」
「ああ、…また、一緒に行かないか?」
「うん!いこいこ!」

少し肌寒くなった小道を、二人並んで歩く。
次も一緒に行けるのか、と思ったら、カラ松は嬉しくなって、すこしはにかんだ。
その顔を見られたくなくて、少し横を向く。
すると、そこに新作の映画のポスターが貼ってあって、先ほどの会話を思い出す。

「時雨は、映画とか観に行くのか?」
「え?映画?」
「ああ、さっきの絵本の、観に行ったって言ってただろう?」
「あーうん!好きなのとかは観に行っちゃうかな!」

ポスターの前で立ち止まったカラ松にならって時雨も立ち止まり、隣に駆け寄る。

「あ、これ実写化されるんだ。」
「知ってるのか?」
「うん、この漫画大好きで、全巻持ってるの。実写化かー、面白そう。」

大きく貼ってあるポスターを時雨はひたすら見つめる。
その時雨の姿を見て、高鳴る胸を押さえて、勇気を振り絞ってカラ松は口を開く。

「よかったら、この映画。一緒に観に行かないか?」

動揺しているのがバレないように、震える声をおさえて、

「来週の日曜とか、空いてたりしないか?」

なるべく堂々と、隣に立つ時雨に言う。
二人はいつも、決まった曜日、時間、場所で会っている。
それも毎週その会合は行われている。
しかし、約束はしていない。
たまたま会った時に喋っている。
二人はそういう関係だ。
連絡先も交換していない。
どちらかが赤塚橋に来なければ、この関係もすぐに消えて無くなってしまう。
そんな儚い関係でしかない。

カラ松は大きな一歩を踏み出した。
この関係を、少しでも持続させたいがために。でもこれは賭けだ。
ここで時雨が嫌だと拒否をして、赤塚橋に来なくなってしまえば、そこで関係が断たれてしまう。
だから、カラ松は慎重に、慎重にその機会を練っていた。
本当は、今日いつものベンチでお喋りする延長戦で、どこか遊びに行くことが出来れば万々歳だと、そう思っていた。
でもカラ松はその先を求めてしまった。
自分の中で日毎に大きくなる時雨の存在を痛感したからだ。

言った瞬間から、ぶわりと冷や汗が全身から湧き出てきた。
本当にここで拒否されてしまったらどうしよう。
今までの関係がなかったことになってしまったらどうしよう。
そんなことあったら、いくら俺でも、立ち直れないのではないか。
カフェを出てから高揚感が持続してしまって、つい、ついではないのだが、勢いで言ってしまった。
今更冗談だと言えるだろうか、自分の意見を撤回することが出来るのだろうか。

カラ松はぐるぐると頭を悩ませ、少し前の自分に戻りたい思いでいっぱいになった。
時雨からの、返答を聞きたくない。
耳を塞ぎたい。
でも時雨の声は聞き漏らしたくない。
様々な葛藤がカラ松の中で混ぜ混ぜになり、息をするのも忘れて、酸素が全身に行き届かなくなり手が少し痺れてくる。
もう少しで低酸素血症に陥る、というところで時雨が小さく口を開いた。

「土曜日がいいな。」
「…え?」
「来週の土曜日、空いてたりしない?」

自分の顔を覗き込み、そういう時雨に、カラ松は「空いてる」と一言言うだけで精一杯だった。

「そしたら、土曜日観に行こう!」

そう言って鼻歌交じりで前を歩き出してしまった時雨を、カラ松は呆然と見つめる。

…土曜日、観に行こう?
これは、オッケーを貰えたということだろうか?

「カラ松くーん、どうしたの?先行っちゃうよ?」

手を振って自分に合図を送る時雨を見て、瞬時にごたごたと煮え繰り返った頭を整理して、事の次第を理解する。

時雨と映画に行ける!
拒絶されなかった!
土曜日に時雨と二人でデートだ!!

今すぐにやったー!と両腕を上げて嬉しさ全開で声を大にして叫びたいのを何とか、何とかおさえて時雨を追いかける。

「い、いいのか?」
「え?」
「いや、土曜日…」
「うん!土曜日なら空いてる!」
「そ、そうか。」
「楽しみだねー映画」
「ああ。」
「ポップコーン食べる派?それとも食べない派?」
「どっちでも、」
「私も人に合わせちゃうんだよねー、どっちも楽しいけど!」

そう言って、楽しそうにニコニコ笑う時雨を見ながら、手に力が入らなくてずり落ちる紙袋を肩にかけ直す。
そして、紙袋の存在にようやく気づいて、少し胸をどきりとさせる。

「時雨。」
「ん?」

自分の方を向いて首を傾げ、立ち止まった時雨に、肩にかかっていた紙袋を一つ渡す。

「これを、受け取ってくれないか。」

渡された時雨は、紙袋もカラ松の顔を何度も見て、そして袋を受け取る。

「これ何?」

見ていいの?
そういう時雨に、一つ頷く。がさがさと袋を開けて中身を確認した時雨は、一つ叫び声を上げる!

「え、これって!」
「時雨に似合ってたから、思わず買ってしまったんだ。」

中を見ると、それは今日、時雨が試着したワンピースで、可愛いなと思いながらも、値段が高くてショーウィンドウに戻したものだった。
時雨は、目を見開いて驚いた。
まさか、自分のためにカラ松くんが洋服を買ってくれるなんて。

今日1日、太っ腹な一面が多かった。
どこにいっても、何をしても、時雨の分も払おうとするカラ松に、ダメ!と言って無理やりお金を渡したのは何度かあった。
そして最後に、まさか洋服を買ってくれていたなんて、しかも、自分が欲しかったものだ。
申し訳なさと、嬉しさがない交ぜになって、
時雨の頭が混乱する。

「嬉しくなかったか?」

そう眉尻を下げていうカラ松くんの肩を一つ叩く。

「嬉しいよー!もうびっくりだよー!」

行き場のない気持ちをカラ松の肩にぶつける。
いたっと肩を押さえているが、洋服を持ってわなわなと震え嬉しそうにしている時雨を見て、買ってよかったとカラ松は思っていた。

「今度なんか奢るから!」
「いや、俺が奢る」
「なんでよ!」
「それよりも、俺の願いを聞いてくれるか?」
「何々言ってよ」

ずずいと顔を近づけカラ松に迫る時雨に、少したじたじになってしまう。
そして一つ咳払いをして、カラ松は言った。

「土曜日に、この服を着て来てくれないか?」

そうしてくれると、俺は嬉しい。
そうはにかみながら言うカラ松に、時雨はぽかーんと口を開けてしまう。
そしてぶわぶわと顔に熱が集まっていくのを感じて、紙袋で顔を隠した。

「折角買ってくれたんだもん、着て行くよ。」
「本当か?!」
「…うん。すごく、可愛いし。私も着たいから。」

ちらりと紙袋から顔を覗かせると、カラ松は満面の笑みを浮かべていた。
そんなことで喜ぶなんて…と思いながら、時雨は引かない顔の熱が煩わしくて仕方なかった。

いつも泣き虫いじけ虫なカラ松くんなのに、途端にこんなかっこいいことをさらりとしてしまえる。
カラ松くんの色んな一面をみてどきまぎしている自分が、確かにそこにいた。

わたしも何か、カラ松くんにプレゼントすればよかった。

「狡いよカラ松くん。」
「どうした?時雨」
「なんでもない!…ありがとう。」

お互いがお互いの嬉しそうな顔を見て、ぽかぽかと胸を温かくしていた。
外は日が落ちて、肌寒いはずなのに、二人はちっとも寒くなんてなかった。
来週の土曜日のデートを楽しみにしながら二人は帰路に着いた。
波乱なく終わるはずもないのに…。





→あとがき
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