カラ松恋愛事変

□カラ松、風邪引いたってよ
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スポーツドリンクに、プリンやゼリーなど喉に通りやすくて食べやすいもの、カラ松くんの大好きな梨などその他もろもろ買い込み、松野邸に向かう。
一松くんはと言うと、さっき買ってあげたアイスをぺろぺろと舐めていた。

「ねぇ、それ美味しい?」
「あげないよ」
「いや、いいよ別に」
「じゃあ見るなよ」
「すいませんでした。」


見ることもダメだったのかよ、なんて心の中で悪態をつきながら、一松くんの隣を歩く。

数週間前までは一松くんの一挙一動にびくびくしていたけど、少し慣れてしまっている自分がいた。

言葉一つ一つは厳しめというか、ドギツくて、不意打ちで傷つくこともあるけど、
会話が出来ないこともないんだよなぁと思えば、いくらか気持ちが楽になっていた。

でも、路地裏でのことを忘れたわけではない。

彼が時限爆弾であることには変わりないので、言葉は慎重に選ばなければならない。
それは分かっているのだが、

「ねぇ一松くん、私ずっと聞きたいことがあるんだけど」

最近、一松くんと話す機会も多くなっていたから、少し距離が近くなったような気がしていて、ついこんなことを聞いてしまった。

「なんで、一松くんは、カラ松くんに態度がきついの?」

ずっと気になっていたこと、

「他のみんなにも、そうなの?」

一松くんの、カラ松くんに対しての、態度の変わりよう。

「…あんたにも優しい態度とってるつもりはないんだけど」
「いや、私は一松くんの兄弟じゃないし、他人だからさ」
「……。」

私に態度がきついのはどうってことはないし、兄弟間の問題に赤の他人が口出すのも、おかしい話なのは分かってる。
でも、どうしても気になった。

「一松くん、カラ松くんのこと好きそうなのに。」
「……は?」

じろりと睨まれて、顔をそらす。
絶対振り向いちゃダメだその視線で射殺される。

「あんた、頭だけじゃなくて目もおかしいわけ?」
「いや、視力はいい方です」
「そういう問題じゃないんだけど」

ですよね、分かってはいるが、一松くんの顔が怖すぎて思わずわからないふりをしてしまう。

「どこをどう見れば、俺がクソ松のこと好きそうだと思うんだよ。」
「あ、いや…」

全部、なんて言ったら、また彼の沸点に触れてしまうのだろうな…と思ったら、言えずにいた。

だって、普通、兄弟姉妹間の友好関係まで身内が口出しはしないだろうし、わざわざ出向いたりもしないだろう。
そう思うと、カラ松くんに対してとてつもない愛情を抱いているのではないだろうかと思ってしまう。
いや、カラ松くんだけじゃなくて、兄弟全員に対して、そう思っているのではないだろうか。
兄弟6人の世界を大事にしているというか…

「ただ感情が裏目に出てるだけ?」
「気持ちわるいことばっか言うな、吐き気がする…」
「…なんかごめん。」

眉間にしわを寄せて、口元に手をやって何かを耐えている顔を見てしまったら、なんか申し訳なく感じた。

「あんたは?」
「え?」
「好きなの?クソ松のこと」
「うん、まぁ」

好きじゃなかったら毎週会わないよね、なんて思いながら答えたら一松くんがぴたりと足を止めてしまった。
あれ?と振り返ると、目を見開いて私の方を見ていて、私も足を止める。
なんで、そんなに驚いているのだろう。

「え…?」
「え…?」

二人して足を止めて驚いているの状況は、はたから見ればとてもおかしな様に思われるかもしれない。

そんな中、一松くんの方が先にふっ、と意識を戻して、「あー、そういうこと」と呟く。

「え、なにどういうこと?」
「別に。」
「なに気になるじゃん」
「言ってもいいけど条件がある。」
「うわっ、怖い。」

思わず一松くんと距離を取る。
一松くんが申し出る条件なんて、ろくなもんじゃないのは明白だ。

「気にならないの?」
「気になるけど」
「なら」
「まってその先の言葉は私にとって怖い話?悪い話?」
「さぁどうだろうね」
「うわっ、そうやってまた濁す」
「最近あんた馴れ馴れしすぎじゃない?」

ぎろりと睨まれて顔を思いっきりそらして知らんぷりをする。

そう、週を重ねるごとに一松くんと普通の会話だけでなく、皮肉交じりの会話もお互いにできるようになった。
一松くんが怖いことに変わりはないのだが、やはり毎週顔を合わせていれば慣れてくるというもので、話をするたびに緊張して身を固めることは少なくなったように思える。

でも、いざこのように時折一睨みされると、路地裏のことが思い出されるわけで、身がすくむ。

ちらりと少しだけ顔を向けると、先ほどまでの目つきはすっかり無くなって、影はあるが、またぼんやりとした眼差しに戻っている。

「クソ松も何がいいんだこんな阿婆擦れ」
「ほんとほんと、こんなオンナと仲良くしてくれるカラ松くんは本当に優しいですよねー」
「…空っぽなだけだよあいつは」
「空っぽ?」
「そう、空っぽ」

感情のこもってない声音でいった一松くんに、カラ松だけに?なんて冗談を言おうとしてしまったが、
何故だろう。
彼の横顔を見たら、何も言えなくなった。
どういう表情をしていて、何を考えているのかは正直分からない。
けど、カラ松くんの弟として、何か彼に対して抱えていることはあるんだろうなとは思った。

「あんたも空っぽだよね」
「え、私も?」
「うん。」
「そんなことないよぎっしり詰まってるよ脳みそ」
「……。」

呆れた眼差しで見られて、ああそういうことじゃないんだなと分かってすぐに閉口した。

「じゃあ、教えてやったから条件のめよ」
「え、待っていつの間に教えてくれたの?ぜんっぜん分かんないんだけど!」
「だから空っぽだって言ってんだよばーか。」
「えー、」

にやにやと笑い始めた一松くんと更に距離を置く。

「何離れてんの」
「いやー、」
「時雨の分際で」
「一松くんは私をなんだと思ってるの?」
「……。」
「答えないほうが怖いんだけど!!」

急にぴたりと足を止めて考え始めてしまった一松くんを見て悲鳴を上げてしまう。
絶対にろくなこと考えてない、私に不利益なことしか考えてない!

「ねぇ、アイスとか色々買ってあげたじゃん。それで条件はチャラにしようよ」
「だめ」
「理不尽」
「別に、簡単なことだよ」
「簡単?」
「そう。」

訝しげに一松くんを見つめると、気だるげな目と視線が合う。

「僕のこと、蔑んでよ」
「でたよ。」
「いいから言えよ底辺のクズ野郎って」
「言われて何が嬉しいのか全然分かんないよ」
「ひひっ」

怪しく笑い始めた一松くんに、やっぱりこの人分からないし気持ち悪い、と心の中で思う。

「いっそSMクラブとか行けばいいじゃん。」
「金がない。」
「だから私に白羽の矢が立ったと!」
「おめでとう」
「嬉しくないし。」

はぁ。とため息をつくとげしげしと足を蹴られて飛び跳ねる。

「なにすんの。」
「いいから言えよ」
「もう、今日一松くんすごくしゃべるね。」
「……!」

はっと息を吸う音が横から聞こえて、へ?と振り向くと、彼の目が大きく見開かれていて、でもまたすぐ戻る。

「あんたが煩いからだよ。」
「ああ、そうかい。」

今のはなんだったのだろう。
今日はいろんな一松くんの反応や表情を見ている気がしていた。

結局、一松くんが何故カラ松くんに酷い態度を取るのはわからなかったが、私が口出しできることでもないのだろうと、そう思うことしかできなかった。

「随分と遠いんだね、一松くんの家」
「遠回りしたからね」
「へーそうなんだ。って、なんだって?」

少し後ろを歩く一松くんの言葉に、驚いて振り返ると、また魔女のように怪しく「ひひっ…」と笑った。



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