カラ松恋愛事変

□カラ松、風邪引いたってよ
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「ここだよ。」


そういって一松くんが指し示したのは瓦屋根の昔ながらの一軒家だった。
ここがカラ松くんの家。

「入れば?」

はっと気づけばもう一松くんは扉を開けて家の中へと入っていて、私も小走りで家の中へと入る。

「お、お邪魔します。」

挨拶をして中に入るが、誰からも返事がない。

親御さんとか、いないのだろうか。

かさりと音を鳴らして揺れたビニール袋の中にはゼリーやプリンや果物が入ってる。
カラ松くんが食べたいものだけをあげて、あとは冷蔵庫に入れたいのだけど…
そう思案していると、その隙に一松くんは歩いて行ってしまって、部屋の中に入ってしまうから、置いてかれないようにその後をついていく。

「お、一松。どこ行ってたんだよ」

一松くんが入っていった部屋の方から声が聞こえる。
誰かいるんだ。


「すみません、お邪魔します。」
「え、時雨?なんでここにいんの?!」

恐る恐る部屋の中に顔を覗かせると、そこにはおそ松くんの姿があった。
私の姿を見ると、寝っ転がっていた身体を起こして私の方を凝視する。

「しかも、え?一松と一緒?」
「……。」

おそ松くんは一松くんと私を交互に指差して驚いている。
でも一松くんは何も言わず、居間の隣の襖を開ける。
中には、布団の中で眠るカラ松くんの姿が見えた。
一松くんは何も言わないし、中に入らないで私を見てる。

入っていいということなのだろうか。

おそ松くんの戸惑った顔と、一松くんの視線を背に、カラ松くんが眠る部屋の中に足を一歩進めた。


眠るカラ松くんの額の上にはには氷嚢が置かれ、顔も仄かに赤く見える。
息も荒くて、体調が見るだけで悪いのだと分かる。

すたんっと音が聞こえて後ろを見ると、襖が閉められていた。
一松くんが、閉めたのだろう。
襖の外からはおそ松くんの声が聞こえるが、それよりも、早くカラ松くんのそばに行きたいという思いが急いて、カラ松くんの方に近づく。

「おそ松兄さんか…?」

物音で気づいたのだろう、
身じろぎをしてこちらを伺うカラ松くんの傍へと寄る。


「違うよ。カラ松くん、風邪ひいたんだって?」

そう声をかけると、視点が定まっていなかった目が大きく開かれて、がばりと勢いよく状態を起こした。

「時雨…か?」
「無理しちゃダメだよカラ松くん。」

上体を起こしたはいいが、まだ具合は頗る悪いのだろう。
体がふらりと傾いてしまって、倒れていくカラ松くんの身体を思わず支える。
支えた体は、とても熱くて、熱が高いことがわかった。



「どうして、時雨がここに?」
「一松くんが連れてきてくれたの。」
「一松が?」

息絶え絶えにそう言って、カラ松は前方に視線を向けるが、そこに一松はいない。
ここにいるのは、カラ松と時雨の二人だけだった。

「突然来てごめんね。でも、カラ松くんが風邪だって聞いて、」

抱きかかえていたカラ松の身体を布団にそっと横たえさせる。
捲れてしまった布団も肩までかける。

カラ松が時雨を見るその瞳は熱で少しぼやけて潤んでいる。
氷嚢が置いてあった額に触れて、乱れた前髪に指を通して整える。
触れた額は、とても熱かった。

「喉渇いてない?飲み物も買ってきたよ。」

自分の右隣に置いていた袋から、スポーツドリンクやゼリーなど
冷蔵庫に入れて置かなくてもいい手軽に飲めるもの、食べれる物をカラ松が眠る布団の横に少しだけ並べる。

「食欲ないかもだけど、これなら食べやすいと思うよ。」

そう言ってカラ松を見ると、布団から出ていたカラ松の手がこちらに伸びていた。

「どうしたの?」

その所在無さげな手を掴もうとしたが、すぐその手は引っ込められてしまった。

「時雨。」

いつもの声と違う、掠れて、音の出ていない、弱りきった声。

「時雨が来てくれて、すごく嬉しい。」

苦しいだろうに、私を見ながら、カラ松くんは、へにゃりと一つ笑った。

「でも、時雨に風邪がうつったら…大変だ。」

そう言うと、ふっとまた瞼を閉じてしまった。


「カラ松くん?」

呼びかけるが、それにはこたえず、カラ松くんはもう、寝入ってしまっていた。


今、体が一番きついのはカラ松くんのはずなのに、そんな時まで私のことを心配するんだ。

そう思うと、胸がきゅうと締め付けられるような感覚がして、カラ松くんのそばを離れたくないという気持ちが湧き上がってきてしまう。
でもカラ松くんは病人であって、しかも寝入っている。
そんなカラ松くんの邪魔をしてはいけないし、何より、他人のことを思いやるカラ松くんなら、私が病人の近くにいることを良しとしないだろう。

そう思った時雨は、スポーツドリンクだけをそばに置いて、ほかをビニール袋に戻し、もう溶けてしまっている氷嚢を持って部屋を出た




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