カラ松恋愛事変

□カラ松の葛藤
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なにもする気が起きない…
まぁいつものことなんだけどね。

猫と戯れ疲れて寝ていたらもう部屋には夕日が差し込み暗くなっていた。

ああ、また1日が終わった。
ま、別に…次の日もそのまた次の日も特に何をするでもなくただ息を吸って吐いて無駄に生きてるだけなんだけどね。
ああ、早く死にたい。

そんなことをぼーっと考えていると、玄関の扉が開いた音が聞こえた。

誰か帰ってきた。
クソ松じゃなければ誰でもいいや。
クソ松に、今は会いたくない。
顔も見たくない、どうせ時雨と会ってだらしない顔をして帰ってくるに決まってるんだから。

居間の扉が開いて誰かが入ってくる。
おかえりも何も言わないで背を向けて寝転がっていると、帰ってきたそいつは俺の近くに座り込んだ。

「一松。」

くそ、会いたくない時に限って帰って来やがる。
しかも他の兄弟も出払ってしまっている。
居間には二人だけ。
そのことが無性に苛ついて、一松はカラ松の存在を無視して瞼を閉じる。
早くどっかに行けクソ松、そう思いながら。

「今日はな、駅前のパンケーキを食べに行ったんだ、すごく美味かったぞ」

突然そんなことを話し始めたカラ松に、閉じていた瞼を開け驚きで見開く。
なんだ、何をこいつは言ってるんだ、
今日のデートの報告?そんなの聞きたくねぇんだよボケ殺すぞクソ松

そう悪態を吐き、また一発ぶん殴って黙らせようかと思っていた時、

「また来いよ、時雨が寂しがってたぞ。」

その言葉を聞いて、一松は身を固める。
どの口がそんなこと言ってんだ。

最近カラ松と接するとき、カラ松が風邪を引いた時に自分に向けた表情が頭から離れなかった。
いつもは、俺が何をしても何を言っても、何も言わずへらへら笑って、終いには「お前のこと信じてるぜ」なんて甘っちょろいことをいう奴だ。
いつもの痛くてうざい仕草も台詞も、身が入っていないように感じて、空虚で、
自分のことを全く見ていないこいつの態度が嫌で仕方なかった。

でも、あの時俺に向けた表情が、なんだか自分の中にしっくり当てはまって、
ああ、クソ松は俺のこと、いつもこう思っていたんだろうな…と思った。

冷たくて鋭くて、全てを拒絶するあの眼差し。
その眼差しは一松の心を酷く冷めさせ抉った。

「僕がいない方がいいでしょ?」
「どうしたんだ、いきなり。」

声音からもわかる、狼狽した声。

「そんなことないぞ。」
「嘘だ、おいクソ松。知ってんだよ、僕のことなんてどうでもいいくせに、面倒くさいと思ってるくせに」

優しくて、兄弟思いの次男松野カラ松。
その優しさに甘えていた。
なんでも許してくれると思っていた。

でも、僕の方を向いているようで全く見ていないこいつの態度が嫌で、苛ついてしょうがなくて、
暴言や悪態を吐けば反応するそいつを見て嬉しく思うようになったのはいつからだったか…


「一松。」
「…っ」

何故か自然と涙が浮かび、堪えていた時、肩に温もりを感じた。
ちらりと見るとそれは、カラ松の骨ばった手だった。

「そんなこと思ってたのか?
俺はな、一松。どうでもいいとも面倒くさいとも思ってない。
むしろ、一松のことが大好きだぞ。」

だから、一松、また一緒に出かけような。
そう言ったカラ松の声音が優しくて、温かくて、胸にじんわりと染み込んだ。

嘘だ、そんなの嘘だ。だってこいつは…
寝転がっていた体を起き上がらせ、カラ松を見ると、
その顔はとても慈愛に満ちていて、骨ばった手は一松の頭を撫でる。

視線が合う。
今、カラ松は俺のことを見てる。
僕に向けた言葉なんだ。
そう思うと、嬉しくてしかたがなくて、今になって顔に熱がぶわぶわと集まっていつの間にか目の前で微笑むカラ松の頬を叩いていた。

「うっせぇクソ松黙ってろクソ松!!」

何兄弟同士で気持ち悪いこと言ってるんだよクソが吐き気がするんだよ頭空っぽ野郎!
本当は目の前で頬を押さえているカラ松にそう言ってやりたかったが、これ以上口を開けばせり上がってくる温かくて感極まった思いが溢れて止まらなくなりそうになりそうで、
一松は足音荒立てて居間から飛び出した。

「一松、もうすぐ夕飯だぞ?」
「わかってる…!!」



どたどたと二階に上がっていく一松の後ろ姿をカラ松は見つめた。

その背中を見送って、カラ松一つ大きく息を吐いた。

やはり俺の弟は世界一可愛いな。
そう思いながら、ツキンツキンと痛む胸に苦しんでいた。

テーブルに置いてある鏡をとり見やると、その顔はなんとも情けない表情をしていて、醜く歪んでいた。

愛する弟への愛情と、時雨に向ける切なくて温かい気持ちその二つがカラ松の中で葛藤して、苦しくて堪らなかった。

いいじゃないか。愛する弟と、大切に想う時雨と、三人で遊びに行くのは楽しくて仕方ない。
そのはずなのに、何故か胸に現れる黒いもや。

それになんとか蓋をしようと、カラ松は持っていた鏡を置き、その場に寝転んで涙目を両腕で塞いだ。



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