□鬼
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鬼を着々と斬り伏せて、遂に凛人、義勇の階級はつい先日、乙にまで上り詰めた。
幾たびも、死ぬかもしれない、という境遇にあいながら、怪我もたくさん負って身体中には痛々しい傷跡が残るが、それもまた戦果を挙げた功績だった。

「よく頑張っているね。」

以前仔細報告のため柱合会議に呼ばれた際、輝哉からお言葉を頂いた二人は、それはもう大層喜びに震えたし、二人の息の合った共闘の素晴らしさは柱の間でも話題に上がり次の柱候補だとも言われていることも二人の耳にも入っており嬉しく思っていた。
だからといって鼻を長くして調子に乗っていたわけではなかった。

鬼の出現を鎹鴉から聞いて訪れた先にいたのは下弦の鬼だった。
一人で退治とあれば荷が重いかと思われるが、ここにいたのは凛人、義勇の二名であった。
だから応援を呼ばず、満身創痍ながらも二人で、何者も犠牲を出すことなく下弦の鬼を撃退することが出来た。出来てしまった。


「十二鬼月を倒したんだ。私たち、これで柱になれるんじゃないか?でも二人で倒したからまだダメかな。」

ははは、と地面に仰向けになり凛人は笑う。
その姿は額から血を流し、目に入ったのか両の眼は充血していた。
義勇も同じ、背中や腕から血がしたしたと垂れ落ち、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。

「応援を呼ぼう、お前も動ける体じゃないだろう。」
「もう無理だね、さすがに疲れた。」

ははは、と凛人はまた一つ笑うと、肋のどこかが折れているのかツキン、と痛んで笑うのをやめた。
義勇が鎹鴉を飛ばしたその時、空高く舞った先でグァッ!と潰れた声が聞こえた。
なんだ、と目をやると凄まじい圧を感じて急いで身を構えたが、来やる速さが凄まじく受け身をとるも何者かにすっ飛ばされる。

「凛人ッ!」

木の幹に背中をぶつけ、地面に沈み込む。
顔を上げてみた視線の先にはニヤニヤとにやついた鬼がいた。

現れた鬼が凛人の方へ一歩踏み出そうとした時、義勇はすかさず鬼の背中へ剣を振るおうとするが、鬼の回し蹴りで義勇も反対方向へ吹き飛ばされた。

「威勢がいいな。このクソガキ共か、俺のかわいい一番弟子を葬ったのは。」

鬼の目を見ると、そこには上弦 陸 の文字が刻まれている。

何故ここに上弦の鬼が…。
負傷している私たちでは犬死だ。
柱を、呼ばないと。

凛人の気持ちは伝わり、凛人の鎹鴉は隠れながら飛び立ったのだが、義勇の鎹鴉と同じく、瞬時に捕まり首を捕らえられた。

「お前たち鬼殺隊はこの鴉で伝令を送って仲間を呼ぶんだろう、駄目だ。お前たちはここで俺が殺す。」

ボキリ、と首をへし折り、ぼとりと生き絶えた鎹鴉が地面に落とされる。

ああ、こんなことなら早くに応援を呼んでいれば。
そんなことを思っても後の祭り。
今この場で、我々で鬼を倒さなければならない。

折れた肋がつきりと痛んだが、なんとか立ち上がり剣を構える。
鬼の背中越しに義勇も立ち上がり剣を構えてこちらを見据えているのが見える。
先ほどの戦闘で体は疲弊しているが、ここで火事場の馬鹿力でも出さなければ、死ぬのは目に見えてる。

まだだ、まだここで死ねない。
何故ならこの手で鬼舞辻無惨の首を斬っていないのだから。

鬼のいない人間だけの世界で生きることを夢見たからこそ、凛人と義勇、両者ともに上弦の鬼へ向かっていった。













ダメだ、私たちではやはり倒せない。

「さっきまでの威勢はどうした。もう終わりか?俺の受けた傷はとうに癒えているぞ。」

反論しようと口を開くと言葉よりもごぼりと血が出てきて地面に吐き出す。
肋は何本も折れ、内臓も傷つき、立っているのが不思議なほどであった。
対して義勇も、両腕の骨を折られて、剣を十分に振るえなくなってしまっていた。

ああ、死の音が近づいているような錯覚に陥る。
目も霞み、意識を失いそうだ。
自身がふらついている間に、義勇は両腕を折られてもなお鬼に向かっていき、蹂躙され足蹴にされてしまった。

やめろ、もうやめてくれ。

なんとか足に力を入れて、俊足で義勇の元へ行き、鬼からの攻撃を受け止める。

「しつこいな、いい加減死ねよ。」

そう吐き捨てた鬼の顔を睨み上げ、咆哮を上げながら鬼の攻撃を押し返し、なんとか吹き飛ばして距離を空ける。

いい加減に死ねって、それはこちらの台詞だ。
何度お前の体を切り刻んだことか。
だが、首までの一撃が、自分たちの弱さゆえに斬れぬまま、ずるずると戦闘が長引いている。
私と義勇、傷を負いすぎてどちらが倒れてもおかしくない状況だ。

背後にいる義勇を見て、義勇もまた口から血を吐き出し、震える手でなんとか刀を持っている姿を見て、意を決して義勇に話しかける。

「義勇、お前はこのまま後方に走って、応援を呼んできてくれ。」
「…何をいっている。」
「私たちでは、悔しいがこいつは倒せない。
鎹鴉も殺された今、お前が柱を呼んできてくれ。」
「そんなこと、出来るわけがないだろう!」
「じゃあここで二人死んじまってもいいって言うのか!!」

義勇にかぶさり凛人の怒号が辺りに響き渡る。
振り返った凛人の目からは、血の涙が出ていた。

「義勇、私は言ったな。鬼に殺されるお前は見たくない。その前に私がお前を殺してやると。」

そう凛人が言うと、持っていた剣を義勇に向け、その首に刃を当てる。

「お前が行かないと言うなら、私がお前の首を跳ねる。」

そう語った凛人の目は、確かに本気であった。
このまま自分がこの場にいれば、凛人は確実に自分の首を跳ねる勢いだ。
だからといって、義勇もはい、分かりましたとすんなり納得してこの場を離れるわけにはいかない。
凛人を一人ここに置いて行けるわけがない。
それは確実に、また一人、自分の大切なものを失くすことに繋がると分かりきっていたからだ。

「俺がここに残る、凛人が応援を呼んできてくれ。」
「両腕を折られたお前が鬼とこれ以上対峙出来るのか、私の方がまだ戦えるのは一目瞭然だろう。」
「そんなことっ、」

ない、そう言い切ろうとしたが、義勇の首の皮がぷつりと切れて血が滴り、義勇は首に走った痛みに言葉を詰まらせる。

「…義勇、頼む。私にお前を殺させるな。」

また、凛人の目から血の涙が一つ垂れる。
両の眼は充血したままだ、鬼の目のように真っ赤になっている。

「私だって、一人で死のうと思って言ってるわけではない。ただ時間稼ぎをするだけだ。柱を呼んできてくれればこんなやつ、すぐに滅殺してくれるだろう。」
「よくもまぁ上弦の鬼に対してそんなことが宣えるなぁ。仲間割れは終わったか?こちらから行くぞ?」

律儀に待ってくれていた鬼が、じりりとこちらににじり寄ってくる。

「義勇、頼む。このまま走ってくれ。」
「凛人、俺は」
「約束しただろう、鬼のいなくなった世界で、共に生きようと。私はお前と共に生きていたいんだ。」

鬼はまたもにやついた笑みで凛人に襲いかかってきた。
なんとか体を踏ん張りその猛攻を止める。

「義勇、走れーーーーーーッ!!!!!」

義勇に一歩も近づけさせないように、凛人は剣を何太刀も振るう。
凛人の気迫に初めは驚いた鬼であったが、またもにやついた笑みを返し攻撃を繰り返す。

そんな様を見つめながら、義勇は、走り出した。

ここで共に死ぬか、
共に生きる微かな希望に縋るか、
ぐるぐると頭をフル回転させ、義勇はただただ足を動かした。
凛人を信じて、
生きたいと凛人が願ったのだから。
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