□人間を守る鬼
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何度見ても、素晴らしい身のこなしと剣さばきだ。人間の頃、基礎を師にしっかり学んだ者だったのだろうな、と分かる。

煉獄は自分が討伐するはずだった鬼を、狐面をつけた鬼がまたもばさりと斬り捨てているところに立ち会った。これで三度目である。
今日こそは捕らえねばと一歩踏み出すと、狐面の鬼は煉獄の姿を認識し、一歩引く。
これではいつもと変わらない。また逃げられてしまう。

『もしかしたら、立ち止まって話を聞いてくれるかもしれないからね。』

輝哉の言葉が、煉獄の頭に過ぎった。


「…逃げないで、くれないか。」

一か八かと発した言葉は、自分でも驚くほど吃っていた。
所詮鬼、人間の言葉など聞き入れないだろう。
そう思いはしながら煉獄は一歩踏み出す。すると、以外にも狐面の鬼は動かなかった。
段々と近づき、とうとう狐面の鬼の前まで来てしまった。その距離は近い。
背丈はこんなに小さかったのか、と思う。

「俺は、鬼殺隊隊士 炎柱の煉獄杏寿郎だ。」
「……。」

名乗りを上げた煉獄を狐面の鬼は見上げ、そのまま反応がない。

「俺は君を、今は斬るつもりはない。ただ少し、……、
話をしてみたい。」
「……。」

今まで敵意無しに鬼と対話をしたことがないため、どう話しかけていいか分からずしどろもどろになってしまう。
しかも、目の前の鬼は顔はこちらを向けているのだろうが狐面をつけているため、見つめられているのかどうかも分からないし、あまりに反応がなさすぎて煉獄は内心焦り始める。

その時、狐面の鬼は腰から刀を外すと、地面に座りこんだ。
その行動に内心驚きながら、煉獄もその場に腰を下ろす。

自分は帯刀しているというのに、狐面の鬼は、あまりにも隙がありすぎる。いくら自分が今は斬るつもりはないと言ったからと言って、刀を置いて、身構えもせず、無防備すぎるのではないか?
今までの自分が抱いていた鬼の概念が崩れていくような、肩透かしをくらったような、そんな気分を煉獄は抱いていた。

「……その面だが、一旦外せるか。」

とりあえず、その面の奥の表情を見てみたい。
煉獄が言うと、目の前の鬼は言うことを聞いて、面を外し始めた。
その面の下は、少女のように可愛らしい顔立ちをしているが、目の奥は虚空を見つめておりまるで考えが読めなかった。

「君には名があるのか?」
「……名。」
「そうだ、自分に与えられた呼び名だ。」

こてん、と首を傾げてしまった目の前の者に、煉獄は幼子のようだな、と思いながら説明する。すると、鬼は言った。

「凛人。」
「…凛人、か。」

凛人という名に、煉獄は既知感を覚えたが、どこでその名を聞いたのか覚えておらず、気のせいかとも思った。

「凛人、君は何故、鬼殺隊の隊服を着ている。元隊員だったのか?」

煉獄の質問に、首を傾げる。
分からない、ということなのか。

「その日輪刀は、自分のか?」
「…もらった。」
「もらった…?誰からだ?」

実は凛人が持っている日輪刀、絶命しかけた隊員から、鬼殺隊隊員と勘違いされ、皆を助けてくれと言って託された剣であり、そのまま所持しているものだった。
だが、今の凛人は上手く説明できず、言葉少なに「もらった。」という表現しかできず、煉獄にも伝わらないままとなってしまった。

「凛人は、どうして鬼を切っている?」
「…守るために、…鬼を、斬る」
「守る…?人をか?…君も鬼なのに?」

そう煉獄が言うと、明らかに凛人の眉がハの字に下がった。
明らかに、困っている…。とても困っているのが見て取れる。

「人間を喰いたいとは思わないのか。」

そう言うと、凛人は首を振った。
煉獄は少し悩み、危険は承知で、自身の刀で自分の腕を少し切った。
血がその場にしとしとと垂れる。

「血を見ても、平気か?」
「……!」

凛人はずずいと煉獄に近寄った。煉獄は襲われれば斬るつもりでいたのだが、凛人は煉獄の腕を上にあげて、胸元から紐を取り出し圧迫止血をし始めた。

その表情は険しく、何故こんなことをしたのかとまるで怒られているような気分になった。
血に誘われ飢餓状態に陥る、といった様ではなかった。

そんな凛人を見て、気配は確かに鬼のそれであるにも関わらず、まるで鬼らしくなく、人間のように思えた。凛人は、危険な存在ではない。人間を喰う鬼ではなく、人間を守る鬼なのだ。

「凛人、俺と共に来て欲しい。会わせたい方がいるんだ。」

自分の腕を看病する凛人の腕を取り、煉獄は言った。
凛人は煉獄の目をじっとみて、少し考える素ぶりを見せて、そしてふるふると首を振った。
何度説明しても首を振り拒否する凛人に、煉獄は、うーん、と唸り困り果ててしまう。
どうして頑なに拒否するのか、
鬼である自分が鬼殺隊本部に行くのはさすがに怖いと感じるか、
でも、だからといってお館さまの命もあるし、やはり無理やり連れて行くしかないのか。だが、嫌がってるしなぁ…。
うーん、と煉獄が唸っているのを凛人はしばし見つめ、背後を確認したかと思うと立ち上がり歩き始めた。

「凛人?」
「…またね。」

にゃー、と何処かから猫の鳴き声がしたかと思えば、凛人の姿がぱっと消えてしまった。
東の空を見ると、もうすぐ夜が明ける頃となっていた。
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