□残酷
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「何故だ、何故お前からあのお方の気配がするんだ。」

鬼の、絞り出すような声が聞こえてくる。
だが、もう、そちらに顔も向けないほど、力を使い果たしてしまった。
血を流しすぎた。
全集中の呼吸をなんとかするが、もうそれ以前の問題だ。

「答えろ、お前は一体、何者なんだ。」

右耳もすっ飛ばされたから、鬼の声も聞こえにくい。何か言っているのは分かるのだが、もう呼吸をすることで精一杯だ。
足にも力が入らずばたりとその場に崩れ落ちる。

さらさらと鬼の体が、頭が、消えていく。

「俺が、こんな、柱でもない者に、斬られるなんて、ああ!無惨様…!!」

鬼は鬼舞辻無惨の名前を言って、そのまま消えた。

ああ、なんとか勝てたのだな。
よかった、なんとか、一命は取り留めたのだ。
だが、このままでは自分の命もいつ事切れるか分からないなぁ…。

虚ろう意識の中でそうぼんやりと思っていると、傍で誰かの気配を感じた。

「百八年振りに上弦が殺された。」

何者かに首をもたれ持ち上げられる。
全集中の呼吸が、途絶えてしまう。

「私は今、不快の絶頂だ。」

閉じていた目を空けると、まるで蛇のような薄い真っ赤な眼に睨まれている。
この顔に、見覚えがあるように感じた。

「鬼舞辻、無惨…。」

首を掴んでいる手を、なんとか持ち、握りしめる。
私はここで死ぬ。折角生き長らえた命だったが、最後に敵討ちの顔を見て死ぬのだ。
先に逝くことを義勇に心の中で謝りながら、だけども後悔はしていないと、最後の力を振り絞り言葉を紡ぐ。

「私がここで死んだとしても、我が仲間が、お前の首を斬る。どこへ逃げ隠れようとも、どこまでも追いかけて、絶対にだ。絶対にお前の首を斬る。」

鬼舞辻無惨にそう吐き捨てると、凛人は口角を上げて、笑った。
その姿を見て、鬼舞辻無惨は眉間に更に皺を寄せる。

「お前は唯では殺さない。」

鬼舞辻無惨は凛人の首に爪を立てると、そのまま自身の血を流し込んだ。

「細胞を破壊し絶命してしまえ。」

どくどくと、血が流し込まれる。
致死量の血を、更に更に流し込み、絶命するのを見届けてから立ち去ろうと思っていたその時、空が白んできた。
気づいた鬼舞辻無惨は、途中で凛人の体をそこらに投げ捨てた。
悶え苦しんでいる姿を一瞥して、

「細胞に食い殺されるか、太陽の光で消滅するか、どちらにしてもお前はここで命果てるのだ。」

鬼舞辻無惨はそう言い残して、その場から姿を消した。

下弦、上弦の鬼を一晩中相手にし、その後の鬼舞辻無惨の登場。
夜が明けるには十分な時間であった。

鬼舞辻無惨の血は、凛人の体をどんどん蝕んでいく。
白目をむき、血管は浮き出て、とてつもなく襲いかかる痛みから全身を掻き毟り暴れまわる。
これ以上ない苦痛を一身に受けながら、凛人は絶望の中にいた。

身体が侵食されていく。
人間でない者に変わってしまう。
一思いに殺せ、殺してくれ。
死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ、死ぬ!!

先ほどまで後悔などないと信じていた凛人だが、走馬灯が凛人の記憶を駆け抜け、このまま死んでもいいのかと問うてくる。

何も果たせてなどいない。
一部の鬼を滅しただけで、現状は何も変わってはいない。
鬼舞辻無惨が生きている。それだけで鬼は繁殖していくのだから。
すべての元凶を断ち斬らなければ、大切な者たちも、皆んな、死んでいく。

父上、母上、
鱗滝さん、
錆兎、
義勇…!

駄目だ、そんなの許されない。許してなるものか。
鬼を、鬼舞辻無惨を、滅殺しなければ!!!!
死にたくない、死にたくない!!生きて鬼共をこの手で、鬼舞辻無惨の首をこの手で斬り捨てなければ!!

「ああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

凛人の咆哮が、森中に響き渡る。
暴れまわり、走り出し、雄叫びをあげ、そしてそのまま、
凛人の体は、崖の下へと落ちていった…。
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