◆
□空白の時間
1ページ/1ページ
自分が持てる力全てを出して、必死に呼吸をして走った。
早く、早く柱を呼ばないと、凛人が、凛人が鬼に殺られてしまう。
誰か、早く、凛人を助けてくれ…!!!
「あなた、大丈夫ですか?鬼殺隊の隊員のようですけど。」
意識が飛びそうになりながらがむしゃらに走り続けていた時、誰かに話しかけられた。
必死に目を開け見ると、目の前には鬼殺隊の隊員だろう者がいた。
「討伐に出た隊員が中々戻らず便りもないから確認して来て欲しい、とお館様に言われてここに来たの。あなた、もしかして何か知っているの?」
「柱を呼んでくれ。」
「え?」
「柱でないと駄目なんだ、上弦の鬼が出た。いま凛人が戦っている。早く助けに行かないと、凛人が死ぬ。」
目の前の者の隊服を掴み、咳き込みながらなんとか言葉を紡ぐ。
すると、目の前の者は言った。
「私は蟲柱の胡蝶カナエ、凛人さんは上弦の鬼と戦っているのね。」
蟲柱、ときいて顔を見上げると、そこには確かに、見知った顔があった。
「俺が来た道、北方に真っ直ぐいった先に、凛人が、」
「分かりました、すぐに向かいます。貴方もひどい怪我だから少し休んで、」
「俺も行く!俺も、凛人の元に…」
ゴボリと口から血を吐き出す義勇の姿を見て、カナエは自身の口を手で押さえ眉間に皺を寄せる。
自分自身も生死ぎりぎりの状態であるのに、ここまでひた走ってきたと言うのか。
本当ならここで休ませ手当をしたいところだったが、凛人という者が本当に上弦の鬼と対峙しているのなら、事は早急に動かなければならない。
「しのぶ、冨岡くんを頼むわ。私は先に行くから。」
「え?姉さん!」
カナエはしのぶに義勇を任せると、義勇の言った方角へ走り出した。
そんな姉を見送り義勇を見ると、義勇もまた走り出そうとしている。
「冨岡さん、そんな状態で走ったら死にますよ!」
よろめいた義勇を受け止め、動かないよう制止するが、義勇は聞かない。
「凛人までいなくなったら、俺は、もう、
凛人…!」
不甲斐ない、また俺が弱いから、大切な者が死んでいく…早く行かないと…
うわ言のように呟く義勇を見て、しのぶはため息を吐く。
「あなたも瀕死の状態であることを忘れないで。本当ならただの足手まといになるからここに捨て置きたいところだけど、姉さんに言われたから仕方なく、あなたも連れて行きます。」
しのぶは応急処置だけ施して、隠に義勇を背負ってもらい走りだした。
隠に頑張ってもらい、義勇としのぶはカナエがいる場所まで遅れて着いた。
カナエは立ち尽くしていた。カナエ以外は誰もいなかった。
地面や木々には血がそこかしこに飛び散っており、戦闘が凄惨なものであったことがわかる。
「…凛人」
義勇は隠の背中から降り、自身で立ち、辺りを見渡す。
いない、だれもいない。
凛人、どこにいるんだ。
よろよろと蹌踉めきながら、義勇は歩き、そして、地面に刺さった凛人の刀を見つけた。その柄は、刃は、血みどろであった。
カナエ、しのぶ、隠は辺りを捜索した。だが、鬼の姿も、凛人の姿も見当たらず、
ただ一つ見つけてしまったのは、人間の、片方の千切れた耳だけであった。
隊士が他の鬼に尋問をした時、上弦 陸は鬼殺隊に討伐され、下弦から一人、上弦に繰り上げられたという情報を吐いた。だが、討伐した鬼殺隊の行方などは知れずままだった。
凛人が上弦 陸を倒し、その後姿を消した。
義勇は、凛人はどこかで生きているのではないか、ひょっこりと自分の前に現れるのではないか、そう願った。
だが、どんなに捜索をしても凛人の姿は見つからず、
辺り一面血にまみれた凄惨な現場をみてしまった以上、凛人が生きていると思う者は誰もいなかった。
遺物として残ったのが、千切れた耳と、刀だけ。それはあまりにも悲しすぎた。
「冨岡さん、いい加減にしなさい。しっかり食事を取らないと死にますよ。」
「……。」
蝶屋敷で療養中の義勇であったが、中々食事も食べず治療拒否もあると少女たちに泣き疲れ、しのぶが様子を見にきた。
だがしのぶがいってもこの有様。凛人の姿は幾日捜索しても見つからず、訃報の報せを聞いてしまってから、義勇は魂の抜け殻のように呆然としてしまって、まるで人形のようになってしまっているのだ。
それを知ったカナエも心配して、胸の内を少しでも聞けたらと傍に付き添い傾聴するが、まるで、意味もなさない。
観念した姉妹は、遂に彼の師匠である鱗滝左近次に、今の義勇の状況を文で送ることにした。
すると、便りを見てからすぐに鱗滝は蝶屋敷に赴き、そして義勇の元へつくなり、その頬を思いっきり叩いた。
「人様に迷惑をかけるんじゃない。凛人が今のお前の姿を見たら呆れ果てるぞ。」
人形のようだった義勇は、鱗滝の顔を見て、そして凛人を失くして初めて、涙を流した。
「俺が未熟なばかりに、凛人までいなくなりました。俺だけ生き残ってしまいました。俺も後を追おうかとも思いましたが、凛人も、錆兎も、それを望んでいないことは分かっています。だけど、心を何度も叩き上げようとするのですが、どうしても、今回ばかりは、」
泣きながら言う義勇を、鱗滝は黙って抱きしめて、そして、面の下で彼もまた泣いた。
大切なものを失うのは辛い。本当に辛いことなのだ。
それは柱を長年経験した鱗滝も何度も経験したことだった。
だからこそ、義勇にもここで立ち上がって欲しかった。
錆兎が亡くなった時は、凛人が常に叱責して、腕を引っ張り無理やりにでも共に歩ませていた。共に慰め合い感情を共有し乗り越えることができた。
だが、これからは、お前一人で乗り越えていかねばならないのだ。
そうでないと、傷ついた心を叩いて叩いて立ち上がらないと、成長することも生きていくこともできない。今の状況は義勇にとって今まさに試練の時なのだ。
それを、分かっているからこそ、鱗滝は多くを語らないし、遠くから見ていることしかできない自分に胸を痛めていた。
鱗滝は胡蝶姉妹に今回の冨岡義勇の無礼を詫び、そしてよろしく頼むと頭を下げて、蝶屋敷を出発した。
それから義勇は能面のように感情が表情に出なくなってしまったし、人付き合いを嫌いひたすらに単独行動をするようになった。
だがそこからの義勇の成長は凄まじく、皆が認める中で水柱となったのだが、彼だけはまるで納得しておらず、水柱の地位を頑なに断っていた。
俺がなるべきではない。
俺ではなく、本当は…。
鬱々とそう言い放つ義勇に、「いい加減にしなさい、お館様の命ですよ。貴方ごときが発言する権限があるんですか?」と蟲柱となったしのぶが言い放ち、義勇は表面上水柱の地位へとなった。
義勇は凛人を忘れたことはないし、遠征にいく間もいつも、凛人の姿を探してしまっていた。
だが、やはりどうしても見つからない。
凛人のことも、錆兎のことも、思い出したら涙が止まらなくなるから、
思い出すのは止めよう、ひたすらに、心の奥の奥へしまい込んでしまおう。
そうして二年以上の歳月が経った時、久方ぶりに凛人の名前を他人から聞くことになる。
しかもそれは、義勇にとっては、とても辛く悲しいものだった。
何故なら、共に戦い修行し自分の支えであった凛人が、鬼となってしまったかもしれないなんて…。
最近鬼殺隊の隊服をきた鬼が出没している、その鬼が、名を『凛人』と名乗ったと、鎹鴉から聞いた。
炎柱である煉獄がよく遭遇しているとも聞いていた。
義勇は身支度を整え、煉獄の元へ向かった。
詳細を聞くため、そして、
その鬼の首は俺がこの手で斬ることを告げるために。