□main

□花蜜
1ページ/4ページ

姉さんはいつも優しい。
姉さんはいつも強い。
姉さんはいつも可愛い。
姉さんはいつも………。







気がつくと、開けっ放しだった襖の向こうに、浴衣姿の姉さんが立っていた。
風呂上りなのか、肩に手拭いをかけていて、髪はまだしっとりと濡れている。

「姉さん、どうしたんスか?」

少し上気した桃色の頬を緩ませ、姉さんは楽し気におれの部屋に入ると
襖を静かに閉めておれの後ろに回った。

「慎ちゃんが髪の毛おろしてるところ初めて見たよ。なんか可愛いね」

そう言いながら、おれの髪を指で撫でる。
指から伝わるぬくもりは、優しさを帯びながら流れる。

「可愛いなんてご挨拶っスね。これでも歴とした男なんスから」
「えー、でも可愛いものは可愛いんだもん」

唇を尖らせ抗議すると、姉さんはくすくすと笑う。
無邪気な姉さんを鏡越しに見つめ思う。
姉さんは知らない。
おれの中にある醜い劣情を。
だからあんなに無防備に笑っていられるんだ。
おれが姉さんをどうしたいか知ったら、姉さんは侮蔑するだろうか。

「慎ちゃん、櫛ある?」
「え?…あ、はい。あるっスけど」

櫛を受け取った姉さんは、子供の面倒をみてやるような優しい眼差しで、おれの髪を梳かす。
細いしなやかな指で梳かれる髪は、まるで喜んでいるように艶めいていった。

「キレイな髪だね。切っちゃうのが…勿体ないね」

近々西洋式の軍服が届く。
それに合わせるように、おれたちの髪も切るように言われていた。
今度は刀と刀のような小競り合い規模じゃない。
でもそれは龍馬さんの言う、死んでしまった日本をもう一度生き返らすため。
理想を掲げ、新しい日本を築き上げるための聖戦なんだ。
たとえ数多の血が流れようと、数多の命が尽きようとも。

「…慎ちゃん、なに考えてるの?」

姉さんの不安気な声に我に返る。
せめてこの人の前では、この笑顔に見守られている間は、おれも笑っていよう。
そう決めていた。

「なんかスゴク怖い顔してた。可愛いって言ったの気にしてた?」

考えていたことと遥かにかけ離れたことを言われ、少々面食らってしまう。

「だってね、慎ちゃんって元々顔立ちがキレイでしょ?だから尚更……ね?」

姉さんは誤魔化すように首を左右に振り、可愛らしい仕草をする。
おれは笑顔を作り姉さんを見る。

「もう気にしてないっスよ」
「ホント?」

この人が安心して生きていける世の中を。

「ホントっス」

この人が安心して暮らせる、平和な世界を作るために、戦をしなければいけない。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ