長編[インセインハート]
□第三章後編
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見た事もない女性が話しかけてくる。
白衣を着た美しい女性だ。彼女は栗のところまで近寄って来ると、ふふっと笑い問いかけて来た。
「あなた、私の事が見えているのね?」
言われている意味が分からなくて口をぽかんと開けていると、一歩後ろにいたララが握っていた栗の手に少し力を加えた。
「…見えているって……。」
何がだ。
見えているも何も、現に自分の目の前にいるではないか。
なんとなくだが、嫌な予感を感じた栗はゆっくりと後ずさりしてこの場から立ち去ろうとした。
「…行こう栗……。」
後ろにいるララが、こそっと耳打ちをしてきた。
どうやら、ララも嫌な予感がしているみたいだ。
なんとなく。なんとなく、この場から今すぐに立ち去ってしまわないといけないような、そんな気がした。
何故そんな気がしたのかは分からない。
ララの手を引いて走り出そうとしたその時。
逃げるのを阻止するかのように、白衣の女性は栗の肩に手を置いてつかんで来た。
彼女が肩に手を置いた瞬間。
バチバチッと痛々しい音と凄まじい光と共に、両者の間から電流のような物が駆け巡った。
「?!」
その衝撃でお互い弾かれたようだ。
「りっ栗?!」
「いっ…」
驚いたララは、弾かれてよろけた栗を支えながら声をかける。
凄まじい音と光の割には、それほどダメージのなかった栗は、自分の肩をさすりながら目の前にいる白衣の女性へと視線を移した。
自分よりも彼女のほうによりダメージがあったのか、栗の肩を掴んだほうの手を庇っている。
よく見ると、彼女の手から煙が立っているではないか。
「あなた……」
「やっぱり能力者なのね。」
「!!」
やっと分かった気がした。
何故俺が目の前の白衣の女性から離れたかったのか。
違和感を感じたからだ。
煙の立った痛んだ手は、見る見る間に元の真っ白い手へと戻っていった。
彼女は能力者だ。
どんな能力を持っているかは分からない。
ララが話していた能力者のタイプ別から考えると、恐らく強化タイプか特殊タイプのようだ。
そもそも、この時代に能力者に出会える確率なんて、そうそうあったものじゃない。
これ以上ここにいてはいけない。
そんな気がした。
関わってはいけない。
そんな気がしたから、今度こそララの手を引いてその場から走り出した。
「りっ・…栗っ!!」
心臓がバクバク鳴っているのは、走っているからではないみたいだ。
走っている最中、チラリと後ろを振り返った。
小さくなっていく白衣の女性は、その場から一歩も動いてはいないようだ。
追いかけてくる気配がない。
走り去っていく栗たちをじっと眺めていた白衣の女性は、ポツリと一言呟いた。
「感の鋭い子…。」