レツゴ

□愛妻弁当
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「えっ?お弁当がいるのかい?」
「うん」
豪は口をもぐもぐ動かしながら答えた。
家族揃っての夕飯の時間。
今日の献立は豪の大好きな鶏の唐揚げと、豪の嫌いなピーマンを使った肉詰め。最初このピーマンは野菜炒めに使うつもりだったのだが、良江が豪のピーマン嫌いを治すためにと、豪が食べやすいに肉詰めにしたのだ。
しかしそんな親心など露知らず、豪は両手で箸を持ち、ピーマンの中から肉の部分だけせっせと引き剥がそうとしている。
「こらっ!豪、ちゃんとピーマンも食べな!!」
「けど母ちゃん、父ちゃんだってピーマン残してるぜ」
「なんだって!?」
良江は鋭く矛先を自分の夫へと変えた。
実は改造も豪と同じようにピーマンをこっそり剥がそうとしていて、妻に見つかって慌てて箸を置いた。
「あなたっ!」
「あっ…、いや違うんだ。これはその……」
しどろもどろしている父の様子が可笑しくて、烈と豪はテーブルの下で一緒にニシシッと笑い合った。
「私がピーマン嫌いなことは、知ってるだろう…?」
「だからそんなことじゃ困るんです!これじゃ豪がいつまでたってもピーマン食べないじゃないですかっ」
「いいっていいって、母ちゃん。父ちゃんはさ、誰にだって好き嫌いがあるってことをオレに教えたかったんだよな?」
改造が責められている間に、豪はちゃっかりとピーマンを父の受け皿に放り込んだ。
「そ、そう!そうなんだ。それを教えたくてわざと…」
「ピーマンを残したって、そう言うんですか?」
良江に低い声で凄まれて、改造は冷や汗をかいた。
「い、いやそんなわけないじゃないか。だって母さんがせっかく作ってくれた美味しい料理なんだから…」
とっさにそう言い繕ったが、改造が無理をしているのは誰の目から見ても明らかだった。少なくとも豪はそう思った。そこで改造はさらにもう一押しした。
「母さんの思ってることは、つくってくれた料理を食べればすぐにわかるよ」
そう言い添えた。すると、それが効果適面だったらしい。
 「やだ〜!あなたったら〜〜!!」
改造の言葉を可笑しいくらいにそのまま受け取った良江は、改造の肩を強く叩いた。
「ゴホッ、ゴホッ!!」
「あら、ごめんなさい!お茶、お茶……」
テーブルから身を乗り出した時、息子たちと目が合った。
すっかり呆れ返っている表情だ。良江は少しバツの悪そうな顔をした。
さらにそこに、豪が追いうちをかけるように言った。
「なあなあ父ちゃん。せっかくなんだし、そのまま母ちゃんに食べさせてもらえば?」
豪の無邪気な提案に、改造は飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
「お、おい豪っ」
「だって父ちゃん、放ってたら食べねーじゃん」
 「お前なぁ…」
なんとか言ってくれとでも言いたげに改造は良江に訴えるように見た。しかし良江はそれも一理あると思ったらしい。
 「それもそうね」
 「えぇ……」
苦しそうな顔の改造に対し、良江は子どものように目をキラキラ輝かせていた。
「はい、あなた」
改造は観念して口を開けた。
 「あーん…」
ピーマンが口に入るとそこから広がる苦味に一瞬顔を歪めたが、そこは妻の手前なんとか笑顔をつくった。
「うん!やっぱり母さんのつくってくれるご飯が一番美味しいよ」
「もう〜〜!!」
先ほどまでの不機嫌はどこへやら、良江は感激してさっきよりも遠慮なく、今度は背中をバンバンたたいた。おかげで改造はさっきより一層激しく咳き込むことになった。
「うふふ…。久しぶりね、この感じ」
 「そうなの?」
烈が聞いた。
 「そうよ。ねえ?」
 「なんだか付き合ってたころに戻ったみたいだなぁ」
まだ少し咳き込んではいるが、改造もとっても嬉しそうだ。
「ねえ、覚えてます?初めてのデートの時にあなたったら…」
「そんなこと、もう忘れてくれないか…」
 「はあ〜。やれやれ」
自分たちの昔話に花を咲かせる両親にすっかり聞く気も失せて、豪は再び食事に戻ろうとした。すると驚いた。どの部分に心惹かれたのか、烈はじっと両親の会話を聞いていたのだ。
「烈兄貴…?」
「いいなあ…」
「烈兄貴!」
「…わっ!ご、豪っ」
烈はちょっと大げさなんじゃないかと思うくらい驚いた。
「何考えてんの?」
「別になんでもないっ!」
烈は素っ気なく答え、食事に戻った。だが耳元が微かに赤くなっていた。
「なあなあ、母ちゃん。弁当はー?」
「おや、なんだい豪?」
「だーかーらー、オレの弁当っ」
「はいはい。いつなの?」
「来週の金曜。その日、給食ないんだ」
「明日じゃないのか?」
それを聞いたのは、良江ではなく何故か烈だった。
 「うん。明日はちゃんと給食あるもん。そういや明日の給食何だったけ〜?」
豪は椅子からぴょんと飛び降りて、冷蔵庫の壁に貼られている今月の献立表を見に行った。
「カレーだ〜!!」
「こらっ!静かにしなさい」
良江の声など無視して豪はすっかりご機嫌だ。
 「マジうまいんだよなー、給食で食うカレー!なっ、烈兄貴!おい!烈兄貴ってば」
烈は答えなかった。腕を組んで何かを考えている。
「烈兄貴っ!」
痺れを切らした豪は烈の耳元で大声で呼んだ。
「わあっ!なんだよっ、びっくりするだろ!」
「兄貴が返事しねーから悪いんだろっ。なんで無視すんだよ?」
「別に…。ちょっと考え事してただけさ」
 「考え事って?」
 「何だっていいだろっ」
ピシャッとそう言われ、豪はしかめ面のまま座り直した。
 「そうだ母さん、来週の金曜は僕も短縮授業だから、午前中までしか授業がないからね」
「あら、そうなの?助かるわぁ。じゃ、金曜日お弁当がいるのは豪だけね」
「マジで!?兄貴、午前中しか授業ねえのかよっ?」
なんでだよ〜と喚く豪。
 「いいないいなっ。烈兄貴ぃ、明日のデザートのプリン持って帰るからさ、来週金曜だけオレも中学校に連れてってよ!」
いかにも豪らしい発言に、烈と改造と良江は顔を合わせると一気に笑いだした。
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