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□幸せな日
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その日の朝は彼にとって最高の朝になった。
シトシト
「……ん」
窓の外から聞こえてくる心地良い音が夢の世界へと響く。彩斗は耳をぴくんぴくんとさせ、目を覚ました。
(この音は、もしかして…)
彩斗は急いで起き上がった。はやる期待を抑えながら窓の側まで行き、カーテンを少しずつ開けた。窓の向こうの世界は薄暗い雲が広がり、その下の街には雨がザアザアと降っていた。
「雨だ…っ!」
彩斗の顔に一気に笑顔が広がる。こうしちゃいられないと部屋を飛び出し、小走りで隣の部屋へと向かう。
「ハアッ、ハアッ」
興奮していつもより速く走ってしまった。ドアの前で長い時間をかけて息を整えると、グイッと開けて部屋に入る。思った通り、大好きな人はまだ眠っている。彩斗はドキドキしながらベッドによじ登り、熱斗を起こし始めた。
「熱斗、熱斗…」
早く起きてほしくて、いつもより強くぺちぺちする。やがて「う、ううん…」と声がして熱斗が目を覚ました。
「…彩斗クン!おはよっ」
「熱斗…!」
彩斗は嬉しい気持ちを抑えられず、目の前にいる熱斗に抱きつく。熱斗も嬉しそうにぎゅうと抱きしめ返す。
「熱斗、外見て。外!」
彩斗は引っ張って、熱斗を窓際まで連れて行った。
「ほらっ」
カーテンを一気に開いて、じゃーんと見せる。途端に、熱斗の顔に失望の色が広がる。
「雨……」
「うんっ」
熱斗とは対照的に、彩斗はにこにこ笑っている。
 「今日は外で遊べないね」
 「うん…」
 熱斗はしばらくの間呆然と外を眺めていたが、やがてあきらめたようにカーテンを閉めた。
「今日は遊べないんだ…」
「何言ってるの!お家の中で遊べるよっ」
「お家で?」
「そうだよ。お家で、一緒に…」
そこまで言うと、彩斗は顔を赤くしてもじもじした。熱斗は彩斗が何を言いたいのかわかった。
「彩斗クン!」
名前を呼ばれて彩斗は顔を上げた。熱斗はにこっと笑った。
「一緒に遊ぼっ」
その言葉を聞いた瞬間、彩斗の顔は幸せに満ち満ちた。そして力一杯うなずいた。
「うんっ!!」
その言葉をずっと待っていた。熱斗は優しいから、いつもボクの言いたいことを汲み取ってくれる。彩斗は再び熱斗に抱きついた。
「熱斗、熱斗…」
思わず頬をすり寄せた時だった。
「こらっ」
びくんっ
母・はる香が体温計を持って立っていた。
「彩斗、そういう事しちゃいけないっていう約束じゃなかったかなあ?」
はる香がグイッと近づくと、彩斗は熱斗の胸に顔をうずめた。熱斗ははる香をにらみつけた。そして言った。
「彩斗クンをいじめるなっ」
そんな事を言われてはる香は深い、それは深いため息をついた。自分が言ったことがどれだけ母を傷つけているか、当然ながら幼い熱斗にはわかっていない。
はる香はこれくらいでめげちゃだめだと、自分を奮い立たせた。
「ふたりとも、約束は守らなきゃだめでしょ」
屈んで言い聞かせると、彩斗はやっと名残惜しそうに熱斗から離れた。
「じゃあ、お熱測ろうね」
体温計が耳に持ってこられると、彩斗はぎゅっと目を閉じた。熱斗は震える彩斗の手を握りしめた。
カチッ
「はい、いいよ」
「彩斗クン、大丈夫?」
まだ体温計の音が耳に響いていて、彩斗は苦しそうな顔をしている。しかし絶え間なく響く雨の音が、暖かい現実へと引き戻してくれた。
「ママ」
彩斗ははる香のエプロンの裾を引っ張った。
 「どうしたの、彩斗」
「早く朝ご飯にして」
 「えっ?」
 耳を疑った。いつもあまり食欲がない彩斗がそんなことを言うなんて、今日は雨でも降るんじゃないだろうか。…って、今日は雨。
(そっか。だから…)
「彩斗クン、今日はいっぱい遊ぼうね!」
「うんっ」
(ママより熱斗なのね…)
まさか、これってやきもち?そんな複雑な思いに戸惑いながら、はる香はにこにこ笑い合う息子達を見つめていた。
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