読み切り

□この気持ちをなんて表現しよう。
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正直、まさかの事態だった。隣を歩く彼はいつも自分の隣に居るあいつではない。
彼とは、同じグループに所属してるのにも今まで一緒の仕事になったことはなかったのだ。

私は、彼のことは得意ではない。
いや、…得意ではないというか、どうにもこうにも彼を前にすると素直になれずに思ってないとこを言ってしまったり、今までに感じたことがないうよな気持ちでいっぱいになってしまうのだ。
私はそれが得意では、ない。
どうすればいいのかわからなくなってしまうから。ひどく自分が………

「ん、なぁ。ちょっと休憩して行こうぜ。」
その申し出は予想外だった。思わず返事が遅れてしまった私のことなんか気にせず、店内へと足を向ける様がやっぱりちょっとかっこよくて…
しかも私のために入口の扉を開けて待っててくれて……なんか慣れててムカつく。

店内に入ればはいったで、店員さんと軽く言葉を交わす彼。窓際の4人掛けテーブルへと案内されたようで、彼は店員さんに「ありがとうございます」なんて微笑み掛けてた。
店員さんが若いお姉さんだったこともあるかもだけど、言われてちょっと嬉しそうに「いいえ、ごゆっくりどうぞ」なんて返してた気がするけど、それは気のせいだと思う。


「どーすっかなぁ…って、どうした。座れよ」
言われるがままに着いてきたものの何処に座るべきかと脳内をフル回転して考え、立ち尽くす私を見上げればさっそく手にしたメニューを片手に首を傾げてきた彼。
「う、うん」これじゃあ、なんて返事すればいいんだろうって戸惑ってる気持ちが返事に混じっちゃうのも仕方がないと思うの。
私が座ったのは彼の目の前。




考えてみれば、彼と2人っきりでこんな風に座ることなんて殆どなかった。
いつも私の隣には体力馬鹿な犬みたいなあいつが居るし、逆に彼の隣にはthe女子!みたいな可愛らしい彼女が居る。
彼とその、the女子!みたいな可愛らしい彼女が一緒に居る姿は正直絵になるし、見てて微笑ましくも感じることがないと言ったら嘘になる。
おっとりしつつも真がしっかりしている彼女と、意外と抜けてるけど面倒みがいい彼は客観的に見ても、お似合いなのだ。

the女子!みたいな可愛らしい彼女というのも世間的に理解されるものだと思う。
彼女はほんとうに可愛らしい。緩くウエーブが掛かった栗色の髪を揺らし、血色のいい頬と、薄いピンクが良く似合う唇には、いつもにこにこと慈愛に満ちた笑みを浮かべている。
それでいるのに気取ることなく誰にでも優しい彼女は愛されている。
たまに見せる少女の様な姿もまた愛らしく、まるで子どもみたいな悪戯をしたりするのだ。それでそれを見た私に対して「これ2人の内緒ね」なんて嬉しそうに笑うのだ。
こんな子が可愛くない訳がないし、モテない筈がない。

逆に、いま私の目の前に座っている彼だって、見た目を含めてモテる要素は沢山あるのだと思う。
意外と抜けているというのはなんだかんだでうっかりさんで許される程度のことだから、完璧者よりも俗にいう母性本能を擽られるというやつなんだろう。
面倒みが良いのも確かである。ぶっきらぼうな癖に年下にも年上にも好かれるというか、生き方が上手いのか気に入られるようで頼りになるお兄さんポジを悠々に取得しているようだ。
切れ目な瞳はまるで海のような、いや空のように澄んだ青色で、さらさらと綺麗にセットされている髪の毛は赤茶色。浮かべる笑みは周りを魅了するものだと思う。
そして根本問題として、なによりもなによりも……


「かっこ、いいよね…うん……」
「は?」




はっいけない口に出てしまった!!めっちゃこっち見てる……と、とくかくなんでもないって言わなきゃ、て、ゆーかかっこいいとか言ったけど、それはあくまで世間的に見た評価であって、
私はなんとも思ってないというか私のタイプではないというか、目だってつりあがってるし、髪の毛だって朝からセットしてんだろうなっていうのが丸わかりな決め決めなひとなんてそんな!

「…決まったのか?」
「みっ?!」
「いや、頼むもん、決まったのかって…」
っーか、みってなんだよ猫かお前。なんて意地悪く笑う彼。普段なら、なんなのよなんて1つの言いかえしも出来るんだけど、つりあがった目を細めて意地悪を言ってるはずなのに、優しく笑う彼から目が離せなかった。
その笑顔…笑みは、今は私に、私だけに向けられているものなのだ。


「…。」
「…どうした?決まったんなら呼ぶぞ?」
「あ、うん……」
手早く注文を済ませた彼は、また席へと案内してくれた店員さんに微笑み掛けていた。
やっぱり店員さんが嬉しそうに恥ずかしそうに頬を染めていたのは気のせいではないと思う。

テーブルに肘を付くのは、行儀が悪いと思う。でも、彼がやるとどうにも決まってて、絵になってて注意できなくなってしまう。肘を付きながら窓の外へと目を向ける彼は、正直やっぱりかっこいいと思ってしまった。
「で、どうなんだ?」
「ん……どう、って、別に普通だよ。最近は落ち着いてるし」
窓の外へと目線を向けたまま、まるで興味がないかのように、いや寧ろこれしか話すことがないかのゆうに聞かれた、最近の仕事は特に盛り上げる訳でもない。
「へぇ…」








話もそこそこ注文されたものが運ばれてきてからは、彼も私に目を向けるようになった。
良かった、これ以上話すことがなかったところだ。第一に困るのがこの人は私に質問しておいて自分のことは話さないのた。それに心あらずって感じで正直、その…寂しい。

「…砂糖3つも入れるのな」
「……甘いのが好きなの。」
それ砂糖溶けんのかよ、なんて言いながらもコーヒーを口にする彼。因みに私が注文したのはミルクティー。
彼が注文したのはブレントコーヒー。…と、真っ赤ないちごとなめらかな真っ白のクリームが綺麗で可愛らしいイチゴのショートケーキだった。
「まあ甘いの好きっぽいもんな」と笑っている彼よりも、コーヒーと一緒にいるショートケーキを目の前にしている彼の方が気になってしまう。
ケーキ、……いちごのショートケーキ。


彼とお茶をしたことがない訳ではない、食事だってしたことがない訳ではない。
しかし彼が進んでこのような甘いものを食べている姿を見たことがあっただろうか。

フォークを取れば、ショートケーキの見るからになめらかなクリームへと沈ませてた。上のいちごは先に食べるタイプではないようだ。
不釣り合いなその真っ白なクリームを口に運べば、小さくだけれど彼の表情が和らいだ気がする。食べ物を食べてそんな表情、するんだ…

食べてるところなんてはじめて見た、けど、好きなのかな…。




「…けーき。」
「…んだよ、食いたかったのか?」
「え、あっちが…」

ああもう!今日思ってること口に出過ぎ!自分のことだけどこんなに口に出てたら変な子だと思われちゃう……
眉を顰めて私の様子を見る彼の視線が痛い、そんな目で見ないでよ…

私は純粋に好きなのかなって思って言っただけなの、別にケーキいいな食べたいなって卑しい気持ちで言ったんじゃないの!

「………ケーキのさ。」
「みっ…」
「…ケーキの上に乗ってるいちごとか、栗っていつ食う?」
ぽかんとする私をよそに、例えばさと言葉を続ける彼。
彼が言うには、1番先に食べるものなのか最後に食べるものなのか、それとも途中でタイミングとか関係なしに食べるのかどれからしい。私もさっき考えてしまったけど、このいちごやら栗の食べるタイミングは誰しも気になるものなのか……。

「ん、と…最後、かな。」
「…お、一緒か。」

「いっしょ…」
「おう。俺も最後に食う派。なんかケーキってスポンジ生クリーム、中に挟んであるいちごを均等に食べるのってやつもいるらしいけど、やっぱ最後に食っちまうよな」
「めんどくさ…」
「…な、めんどくせえよな。ケーキ食う時に均等とか云々考えてられねぇし」
そう言って笑う彼は、まるで悪戯っぽく笑う少年のような顔だった。その顔も、初めて見た。

うんん正確に言えば見たことはあったけど、それは自分に向けられたのははじめてだった。なんだか可愛らしくて、憎めなくて、やっぱり、かっこよかった。



それから私は彼の言葉にただただ耳を傾けた。なんでもケーキが1番好きらしい、甘いものが好きなんだけど、私が思ってる通り、あんまり好きって思われないようで毎回こっそり機会があれば食べているとのこと。
それはいつも一緒にいる彼女もあまり知らないことで、なんでと聞けば「今更好きだったんだって言ったところで、なんで言わなかったのって言われるだけだし」とのこと。
今更という言葉に今までの彼と彼女の関係性が見えた気がした。

ケーキはオーソドックスないちごのショートケーキが好きで、学生時代のバレンタインは正直悪いものではなかったなんてちょっとした自慢を聞いてまたムカついてしまったのは内緒だ。

彼と2人っきりで、こんなにゆっくり話したのははじめてで、時間が経つのは早いように感じた。だんだんと温くなってきたミルクティーを口に運んでた時、







「ほれ。」


「雅、」














なぁに、カイ。
唇に当たるいちごの甘い香りが、もらったいちごの甘酸っぱさが、気持ちを満たしてくれる。雅と優しく呼ぶ声が、ひどく心地がいい。


「これ2人の秘密な。」なんて笑う彼はとってもかっこいいのに、何処かで見たことあるような、聞いたことがあるような気がして、なんだか…………






(…おいしい。)(ん、ここのケーキうまいぞ。違うの食うか?)(うんん、いちごだけでじゅーぶん。…おいしかった。)


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