++ 本当の望み ++
「恋愛じゃなかったわ、ごめんね」
蛍子が放ったその言葉は、何でかしっくりきすぎて、
長年抱えていた重いものが軽くなったような気がした。
どっかで好きでなきゃいけないと思ってたのかもしれない。
お互い恋愛じゃなかった事に気付かせてくれた蛍子には、感謝とか罪悪感とか色んな感情が渦巻いたが、気付いてみたら簡単なことだ。
捻くれた生活をしてきたオレは“愛されたい”という願望を身近にいた蛍子に求めていただけだった。
それに気付いた時、急にオメェの顔が見たくなった。
都合が良いし、得られなくなった愛情を別のヤツに求めてるのか…とか、柄にもなく難しいこと考えちまったが、結局家の前まで来てるわけで。
……ここまで来といて、訪ねる理由もない事に気付く。
感情に正直に行動してみたものの、時計を見れば22時を回ったところ。
こんな時間に何の連絡もなく、いきなり一人暮らしの女の家を尋ねる理由はなんだ?
そんなことをグダグダ考えていると、件の女が扉から出て歩いてくるのが見えた。マジかよ。
「……よお」
事が上手く運ぶのは強く願うからか?
引き寄せた現実に、わずか躊躇いながらも瑠璃が降りてくるのを待って声をかけた。
気まずい思いが苦笑いとなってたが、夜の暗さの中じゃ気付かねぇだろ。
タイミングの良すぎる事態に少し不信感さえ生まれそうになるが、とにかくこれはラッキーだ。
「幽助!? こんな時間にどうしたの?」
「オメェこそ。こんな時間に、そんな薄着じゃ風邪ひくぞ」
全く気付かなかったのか声をかけた瑠璃は驚いて、けど、すぐに嬉しそうにいつもの笑顔をオレに向ける。
そうそう、その笑顔が見たかったんだよ。
でも、蛍子への罪悪感からか、その笑顔が眩しくてオレは目を細めた。
浅ましい自分にそんな笑顔を向けてもらえる資格なんてないと思うが、
だからこそ焦がれてしまう。 手に入れたいと願ってしまう。
我ながら単純なもんだ。
「ちょっと、コンビニ行こうと思って。 ……あ、一緒に行かない?」
「荷物持ち見つけたって顔に書いてありますけどー?」
「バレた?」
そう言いながら屈託なく笑う瑠璃を見てたら、罪悪感よりも何だかほっとした気持ちが溢れた。 フラれたばかりだというのに、物凄く安らかな温かい気持ちになる。
上がってと通されたリビングは生活感があり、若干の散らかり様も心を許されてるとわかって逆に心を落ち着かせてくれた。
机の上に置かれたパソコンからは涼やかな音楽が流れ、開けっ放しのお菓子の袋からはジャンキーな香りが漂ってくる。
散らかっててごめんねと言いながら、お茶を持ってきた瑠璃が「それで、どうしたの?」と問いかけてきた。
机の菓子を摘まんで口に放り込み、
「フラれた」
「え!?」
意外にも、あっさり出た言葉に自分でも驚きながら瑠璃が思わず落としそうになった紅茶のカップを受け取る。
「っぶねーな」
「だ、だって……え? フラれたって…フラれた!?」
何度もリピートすんなっての。 こちとら、デリケートなお年頃真っ盛りだ。
信じられないものでも見るように、理解できない単語を繰り返す瑠璃に苦笑を浮かべるが、尤もな反応だとも思う。
「そのまんまだよ。……傷ついたオレの心をなぐさめて〜?」
ワザとふざけて擦り寄っていけば、「バカ!」と額をペチリと叩かれた。
傷心の友達を前に、随分スパルタだなぁ、おい。
「って〜!」
「で、言われるまま、諦めてきちゃったの?」
「あ?」
諦めるも何も、もう終わったんだって。
あいつは一方的に言って帰っちまったし、 ま、オレも勝手なことばっかやってきたしな。
そうだよな…って、納得しちまった。
そんで、そん時気付いちまってここにいるんだよな。
ぶつぶつ言っていると、カチャンとカップが皿に置かれた音が響いた。
「女の子はさ、不器用なもんで素直になれないのよ」
蛍子の顔と状況を思い出していると、ポツリと瑠璃が零した。
見りゃあ、俯いてカップの中で揺れる紅茶を見つめてる。
なんで、おめえがそんな悲しそうな顔すんだよ。
「追いかけて欲しかったのかもしれないよ?」
「……かもな」
言われてみりゃ、確かに。
瑠璃が続けた言葉に、蛍子が言ったことに食い下がることも、疑問を投げかけることもしなかったと思い返す。
意地っ張りなあいつのことだし、その可能性は否定できねえ。
……でも、それを考えても、やっぱオレの中ではすっきりしちまったんだよ。
本当に我ながら難儀な性格だよな。
別れてみねえと気付けねえなんてさ。
なんでかって? 知るかよ。
……オレが瑠璃を意識しないようにしてた。
無意識に望むことは間違ってるって言い聞かせてたんだ。
「……さびしいの?」
「いんや、むしろ逆。 …なんか、あったけぇんだよ」
そーやって、窺うように問いかけてくるオメーは何を考えている?
そんなこと考えてることも悪くねえ。
オレが返した言葉に、笑いながら「どういうことよ」と問いかける瑠璃にさっきまで緩やかに感じていた愛しさが急に溢れて、逃がさねえと反射的に腕の中に閉じ込めてた。
「ちょ、ちょっと…幽助……?」
戸惑いがちに呼ばれた自分の名前ですら、愛しく感じる。
重症だと思った。
「…やっぱ、少し慰めてくんねえ?」
違う。嘘だ。 慰めなんかいらねえよ。
……けど、
それがこうしてられる言い訳になんなら、いくらだって嘘ついてやる。
おめえを、離したくねえんだ。
― to be continued―
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