幽☆遊☆白書の夢たち

□蔵馬
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++ Identity ++




「俺と勝負しろ!!」


目の前で男が声高らかに、こちらを指さす。

ちらりと自分の後ろに隠れる瑠璃を見れば、
背中にしがみ付く様にしてこちらに助けを乞う瞳と目が合った。

自然、溜息が漏れる。



「……瑠璃…
 また面倒なタイプに好かれたね」

「う〜〜〜…ゴメン…」


文句を言ったものの、それは不可抗力だとわかっているのでそれ以上言葉

を続けるのは止め肩をすくめる。

依然、目の前の男の勢いは止まらない。







彼女と付き合いだしたのは、つい最近。
瑠璃はこれまでも、その類い稀なる治療技術でオレをサポートしてくれていた。

厳密に言えば、ぼたんの助手みたいなもので
幽助や桑原くん、そして飛影など皆に力を貸してくれている。



付き合う事になったきっかけは偶然だ。

恋という感情は自分なりに理解しているつもりでいたが、あの瞬間、


暗黒武術会で鈴木にもらった薬を試しに飲んでみた時、
たまたま妖狐の姿になったオレの前に現れた瑠璃を見て覆された。


『く…らま……?』


恐る恐る声を掛けてくる瑠璃を視界に捉えると、
今まで感じたことのない支配欲が揺さぶられる感覚に落ちた。



 ― 瑠璃だけは、逃がすまい ―



その思いは鴉と戦った時、死を覚悟したあの瞬間に
"死ねない" という強い意志を湧き上がらせた。

今、こうして二人並んでいられるのも、あの意志のおかげだろう。


欲しいものを手に入れるのは昔から得意だった。
しかし、本気の想いというのは如何せん御しきれず、
この関係になるまで……いや、今でも慣れずに苦労している。

この想いばかりは、力づくで手に入れるのでは意味がないのだから。



そうして少しずつ、オレの中の信念が徐々に書き換わっていく。



人間としてのオレが経験することは、長い間培ってきた妖狐の経験や価値観とそぐわないことも多い。

だが、そのぶれがあればこそ瑠璃への想いを形に出来た。

今の境遇も悪くない。

そう思える程に。





「この野郎! 聞いてやがんのか!?」


否応なく、思考が戻される。
目の前には先程の男、そして背中には瑠璃。


……全く聞いてなかった。


怒りに切れてしまっている男の神経をわざわざ逆撫でる事もあるまいと口には出さないが、しかし、こいつの相手など面倒でしかない。

もちろん、瑠璃とて何度も断っているはずだが、どうしたわけか「彼氏がいる」という断り文句にも納得できないネジの飛んでしまっている男はいるもので、「本当に彼氏なら会わせろ」だの「そんな男に騙されるな」だのと騒いでは、たまにオレがこうして対峙することになる。


「びびって逃げることもできないんだろ?
 瑠璃置いてくんなら、許してやってもいいんだぜ」


ピクリとこめかみの辺りの血管が動く。

こんな奴にいちいち腹を立てていても仕方がない。

それはわかっているが、実に不愉快だ。


「残念だが。
 ……オレは、これまで自分のモノを奪われたことは無いんだ」

「へっ! カッコつけても口先だけの優男じゃ怖くねぇな」

「試してみるか?」


自然と目つきが鋭くなると、心地よい冷気が辺りを包んだ。

スゥーっと頭の芯まで研ぎ澄まされていくのを感じる。

後ろで瑠璃が不安そうに小さくオレの名前を呼んだ気がするが、冷気が沁みると同時に湧き上がる怒りはそう簡単に納まりそうにない。

ひぃっ! と先程までの威勢を反転させ男が縮こまる。
完全に逃げ腰だが、まだこちらの気が済んでいない。


「二度と、薄汚い口でその名を呼ぶな」


どんどん強くなる冷気で、男を威嚇する。




「……その辺にしておくんだな」

「!」



聞き覚えのある声に我に返る。
その視線の先には、やはり見慣れた声の主の姿があった。


「…飛影」


ハッとして、男を見れば泡を吹いてひっくり返っている。

しまった。
どうやら、少しやりすぎたようだ。


「まだ、あの時の薬が残ってやがるのか?」

「……どうかな」


気持ちを切り替えるためにも自嘲気味に笑ってみる。
それは意外にも効果があったようで、後ろにいた瑠璃もホッと笑みを浮かべると飛影に感謝の言葉を述べた。


「……別にお前を助けたわけじゃない。
 蔵馬の珍しく冷たい妖気を感じたからな」


瑠璃と二人で顔を見合わせ、クスリと笑う。
飛影は「フン」と背を向けると

「暴れたくなったら、相手をしてやる。調度、退屈していたところだ」


そう言い残して去って行った。

本当に素直じゃない。
だが一歩間違っていれば、あの男は命を落としていたかもしれない。

飛影には感謝だな。

一度目覚めてしまったからか、感情が高ぶると妖狐の時の残忍さが蘇るのがわかった。

これは少々、気を付けなければならないだろう。

残った男を一瞥すると、呻き声が聞こえた。

長居は無用である。


「行きましょう。母さんが、瑠璃が来るのを楽しみにしてるんです」

「うん!」



人間は時に儚いもの。

宝石のように一つたりとも同じものはないのだ。

オレは大切な人たちを守る。

いつか、この姿でなくなる日が来ようとも。


それがオレの揺るがぬ、自己同一性。



 ― fin ―     


    

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