愛は己の身勝手では決して手に入れることが出来ない。
時に、忍耐も必要である。
++ 本当の望み2 ++
あの後、失恋後のヤケ酒とばかりに買ってきた缶ビールとカクテルで騒いた二人は、最後に日本酒まで飲んで酔いつぶれた。
明くる日。
「ねえ、私って女としての魅力ない?」
「あぁ!?」
二人して日曜日だったことに感謝しながら昼前の時間をだらだらと過ごしていると瑠璃がそう口にした。
突然の意外な言葉に動揺し、素っ頓狂な声を上げてしまったのも致し方ない。
何をもってそんなことを言うのか測り兼ね、訝しげに首をひねる幽助は思わず眉間に皺まで寄っている。
「……あのよ、わかるように説明してくんねぇか?」
この言葉に、瑠璃は う〜ん と唸りながら少し考えた後、「だってさ」と言いにくそうに話し始めた。
「フラれた男が別の女の部屋を訪ねたら襲うっていう、一般的な法則があるんだって聞いたことあるんだよね」
は? と、思わず間の抜けた顔をしてしまったことを責めようもあるまい。
幽助はますます会話の意図がわからず、少し不機嫌に「じゃあ、なんでオレを部屋に上げたんだよ」と至極当然の問いを投げた。
「だって、フラれたなんて知らなかったもん。それに、幽助はヤケになって人を傷つけたりはしないと思ったから」
無防備な笑顔を浮かべる、瑠璃。
心の底から「いらねえよ、そんな信頼!」と、今にも口を付きそうな幽助を誰が責められようか。
口にした言葉と裏腹、危機感というものが欠如しているのではないか。
そう思えるほど、瑠璃は実に無邪気な笑みを幽助に向けた。
「まぁ、友達同士っていうのもあるけどさ、もしかして私に魅力がないだけなのかなって、ちょっと思って」
真剣に悩んでいるのか、真面目な顔をしてそう告げる瑠璃。
ふつふつと湧き上がる怒りと喜び。
耐える者の気も知らないで、実に無神経な発言である。信じてくれているのは嬉しいが。
複雑な思いが胸の内側で暴れまわる。
……それを抑えるような紳士的な心を、残念ながら幽助は持ち合わせていなかった。
「……んだよ、襲って良いなら早く言えって。
こちとらずっと我慢してたんですけど〜?」
プツリと耐えていた糸が切れた幽助は、ニタリと悪い笑みを浮かべると獲物を狙う獣さながら、のそりと瑠璃に近づき体重をかけていく。
「わーっ!! バカ!、ちょっと!! 良い訳ないでしょ!」
全く笑ってない笑顔。
何故か青筋まで見えそうな幽助に驚いて逃げる瑠璃。
が、もちろん幽助が逃すはずもない。
「覚悟しやがれ。ぜってえ犯す!」
その、あまりに直接的な言葉は瑠璃の全身の体温を上昇させるには十分だった。
迫ってくる幽助は男の匂いを放ち、瑠璃を追いつめてゆく。
押し返す手は掴まれ、抵抗もその力の前では役に立たない。
「ゆ、すけ…ちょ、こ…この、バカァーー!!!」
負けてなるものかと恥ずかしさと恐怖と焦りに動転した瑠璃は叫び声と共に渾身の蹴りを見舞った。
反動でひっくり返って頭を打った幽助を見ながら、ぜぃぜぃと肩で呼吸をする。
「な、何考えてんのよ、ヘンタイ! バカ! 痴漢!!」
顔を真っ赤にしながら、憤りをぶつける瑠璃。
酷い言い様である。
この場合、被害者はどちらであろうか。
「っざけんな! オメーが言い出したんだろうがよ!!!」
「言ってないっ!」
軽く頭をさすって飛び起きた幽助は、怒りも顕に食って掛かる。
怪我の心配はなさそうだ。
だが、すぐに真っ赤な顔で涙まで浮かべて暴れている瑠璃を見て動揺した。
ムクれている瑠璃が、あまりにも可愛くて仕方がなかったのだ。
それ以上手を出すことはおろか怒鳴ることもできなくなった幽助は、心の動揺を隠しながら「わかった」「落ち着け」と必死に宥めに徹する。
「お酒が入っても、そこらの野蛮人とは違うんだねって、折角褒めようとしてたのに……」
最後に「幽助のバカぁ」とイジケながらも悪態をつく事は忘れないが、怒りは通り過ぎたようだ。
幽助は頭を撫でてやりながら、「さっきからバカバカ言いやがって……」とぼそりと呟いてしまうが、ふぅっと溜息を一つ吐いて遠ざかった怒りに安堵する。
「ったく、褒められても全く嬉しくねえっつの」
複雑な心境の中、いっそ昨日の時点で手を出しておけば良かったと後悔する幽助。
彼にとっては、そんな勝手な信頼なんか糞喰らえ、である。
しかし、そんな幽助の心情など知らぬ瑠璃は、「あ、でも抱きしめられたときはドキッとしたなぁ」などと、さらなる追い討ちをかける。
幽助の思いは、ちっとも伝わっていなかった。
たとえ幽助でなくとも瑠璃の自覚のなさには、もはや脱力するしかない。
「ったく、戸愚呂や仙水より、よっぽど性質悪ぃぜ」
そう零すのも無理はなかろう。
だが、惚れてしまった弱みというやつか。
別の人間同士、こんな擦れ違いはあって当たり前と悟り始めた幽助であった。
「ん? なんか言った?」
「なんでもねー!」
二人の仲が進展するのは、まだ先のようだ。