幽☆遊☆白書の夢たち

□蔵馬
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休息はしっかりとらなくてはいけない、そう改めて教えられた。





++ 体調不良 ++






あぁ……眠い。


珍しく眉間に皺を刻みながら廊下を歩く。
ここ最近、色々と疲れが溜まっているのはわかっている。だが、どうしても厄介事をしょい込んでしまう性質らしく、ここのところゆっくりした時間を過ごせていなかった。
さらに、ここ2〜3日は睡眠不足が加わり、今、私は絶賛“体調と機嫌は最悪のピーク”にいる。


「どうかしましたか?」

(全く……何か頭痛いし、ダルい…)

「……瑠璃?」

(大体、皆はタフ過ぎるのよね。ついつい、それに付き合っちゃう私も私だけどさ……)

「前、危ないと思うけど」

(ん? 何か声が聞こえたような…?)


思考が一時途切れると、何か声が聞こえていたような気がした私はふと気がついて振り返ろうとする。
だが、周りどころか前も足元も全く見ていなかった事に気付いたのは踏み出した足が段差に引っかかり体制を崩した瞬間だった。
ヤバい。これは落ちる!!と、突然の恐怖から声を上げる。
どこからか溜息が聞こえた気がするけれど、今はそれよりも落下と衝撃を覚悟して目を瞑る事が先だった。
……しかし、


(あれ?)


いつまで待っても痛みは全く感じない。
不思議に思って目を開く揺れる視界の中、足より少し下に階段が見えた。そう、驚くことに身体が宙に浮いていた。
え?え??! 私、空とか飛べないはずなんだけど…などと、心の中では訳もわからず宙にぶらぶら揺れる足を見ながらパニックに陥る。


「ずっと声をかけてたんだけどね……聞こえませんでしたか?」


ビクリと身体が跳ねた。突然、右の耳のすぐ後ろから聞こえた低音に反射的に揺れる身体の反動を使って首を回す。すると、視界に入ってきたのは見慣れた紅い色がだった。
「くら…ま……?」と、覗きこむようにして声をかけてきた姿の名を口にすることで、ようやく思考が動き出し、腰に回った腕と鼻をくすぐるこの香りの主を認識した。


「く…くら、じゃなかった、南野くん!?」


後ろから抱き締めるように私を支えていた蔵馬に慌ててもう一度声をかけるが、学校だという事を思い出して言い改める。状況を把握した途端、顔が赤く染まっているだろうことが自分でもわかるが、この状況では隠しようもない。


「あんまり暴れると落ちますよ」


動揺のあまりバタバタしていると蔵馬に釘を刺される。どこか面白そうな余裕のある態度はいつものことだが、確かにこんな宙づり状態で手を離されたら、せっかく助かったのに軽い怪我では済まなくなるだろうと、今回は反論するのをやめた。
だが、耳元で囁くように「良い子にしてください」などと言われ、途端に硬直した身体に蔵馬がクスリと小さく笑うのを聞けば、彼の思惑通りだったであろう事が悔しくてならない。
顔が赤くなっている自覚はあったが、ギゴギゴとロボットのように振り向き頬を膨らませて睨む。

……だが、逆効果だったようだ。さらに笑われてしまった。


「もう!」

「…すみません」


全く悪びれていない笑みを含んだ謝罪は不満だけど、ようやく降ろしてもらえた事には感謝する。蔵馬が支えてくれたおかげでどこにも怪我を負わずに済んだ。


「ありがと」

「いいえ」


何が楽しかったのかは知らないが、そう言った顔は…間違いなく、とても素敵な笑顔。こんな顔を見せられては、女子たちはイチコロだろうなぁと他人事のように思いながら乾いた笑いが口から出た。もう睨む元気もない。
まったく、蔵馬はいつもこうやって私で遊ぶ。それは実に楽しそうに。だけど、何かしら助けてもらったりフォローしてもらったりと恩があるため、それに関して文句を言うに言えない。今回も同様だ。
それに、幸い他の生徒には見られていないようだし下手に騒いで人目に触れないよう、このまま静かにしておくべきだろう。


「それで、どうしたんです?」

「え?」


突然の問掛けに、キョトンとする。蔵馬が何を言っているのかわからない。
降ろしてもらったは良いが恐怖からか身体の力が抜けてへたり込んでいる私に視線を合わせるように膝をついた蔵馬が手を伸ばしてくるのにも反応が遅れた。


「疲れてる…それに顔色も悪い。風邪でもひいた?」


伸ばされた手が頬に触れると、症状を確認するように撫でる。真っ直ぐな瞳で見つめられ心の中まで見透かされるようで居心地が悪い。心配してくれているのはわかるんだけど、そんな風に見つめないでください、近いです! そんな自然に頬を撫でないで!! あなたのファンに殺されてしまうーっ!!


「だ、だだ大丈夫! 至って元気―‥」


恥ずかしさに耐え切れず勢い良く立ち上がったものの、いきなり立ち上がった為かすぐにぐらりと視界が揺らぎ、平衡感覚が鈍った身体はそのまま蔵馬の方へと傾いてしまった。せっかく距離を取ったつもりが、今度は薔薇の香りに加え温もりにも包まれる。


「……どこが大丈夫だって?」

「……面目次第もございません…」


小さな溜息と共に呆れた声が降ってくるが、ちゃんと抱きとめてくれる優しさに乾杯……いや、完敗です。うう…参った。本気で力が入らない…。気付けば瞼が異様に重く、眉間に皺を寄せても自然と視界は閉じていた。何だか世界がグラグラと回っている気がする。
そういえば、呼吸も少し苦しいかもしれない。
本人すら自覚のなかった症状に気付いてなのか、少しい大きな手が額へと当てられた。ひんやりと感じて心地が良かったが、すぐに離れてしまい名残惜しい気持ちになる。

しかし、そんな感傷に浸っている間もなく膝の裏と背中に圧を感じると、いきなり得も言われぬ浮遊感が襲ってくる。一体なんだというのか。


「ぁ‥くら」

「黙って」


突然の浮遊感に驚き、抗議をしようと思ったものの、思ったように口が動かない挙句、厳しい口調で蔵馬に遮られた。突然のことに重い瞼をどうにか押し上げ見上げれば、蔵馬の表情も厳しいものになっている。どうやら怒らせてしまった…のだろうか。
頭が回らないながらもどうにか虚ろな視線を泳がせる。状況を判断するに、恐らく蔵馬は私を保健室まで運んでくれているようだ。突然目の前で知り合いが倒れれば、優しい彼の事、
放っておくわけにもいかないだろう。大変な迷惑をかけてしまった。体調が緩和した暁にはお礼をせねばなるまい。


「……ごめん」

「…謝られるよりは、どうせなら別の言葉が聞きたいですね」


一瞬怒られたのかと焦りながら見上げれば一瞬視線が合う。先程より少し和らいだ顔。いつもの柔らかい笑顔ではなかったにしろ、そこまで怒っているわけではないことに安堵した。
そうか、確かに卑屈な気持ちになっていたかもしれない。


「うん、ありがと」


素直に返せば、心がほんわかと温まるような気がする。
そして、再びこちらに視線を向けた蔵馬が微笑んだのを見て安心したと同時に、再び瞼の重力が増していく。
ギュッと瞼の重みに逆らうよう蔵馬の袖を掴む。きっと言葉も聞こえていただろう。それでも優しい彼に少しでも感謝の気持ちが伝わるようにと、入らない力で精いっぱい握りしめるのだった。





 ― fin ―     



    





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