++ 偽りの生活 2 ++
(あーあ、結局わからなかったな……)
彼がA組だってのはわかったけれど、苗字も名前も関係性もわからないままだ。
教室は新入生らしくざわついていて、知り合い同士や友達を作ろうとする生徒の声で満ちている。私は話しかけられる声に挨拶や反応を返しながらもクラスの様子や窓の外に目を向けていた。校庭も机も椅子も黒板も、何もかもが懐かしい。
「おーい! B組、移動だ!」
入学式……またこの式に出る日が来るとは…。
『新入生代表、南野秀一』
「おい! アイツ、入試満点だったらしいぜ」
「マジかよ! そんなやついんの?」
「考えらんねぇ…頭どーなってるワケ?」
そんな男子たちの冷やかしの声が聞こえて来る。ガリ勉くんってヤツか。瓶底メガネのおかっぱとかだったりして…なんて対して興味もなく欠伸を噛み殺していると「ちょっと…」「え?」といった女の子達のざわめきが広かった。
「っっ!?!?」
何事かと顔を上げた私はまさに壇上に登りきった生徒を見て声を上げそうになった。だってそこにいたのって……
「1年A組 南野秀一です」
(しゅ、しゅーちゃん(仮)!?)
みなみのしゅういち……それが彼の名前。なんだ、やっぱり『しゅうちゃん』で良いんじゃない!
新入生挨拶…すらすら読んでるけど緊張とかしないのかな?……ちゃんと全体を見回して話して凄い……って事はあれ全部暗記してるんだ…。本当、高校生なのにしっかりしてるなぁ。イケメンに加え、柔らかくて安心する声…しまった欠伸…
「ふぁ……」
欠伸ってどうして我慢出来ないのかなぁ。そう思いながら顔を上げた時、しゅうちゃんとしっかり視線がぶつかった。どうやら見られてしまっていたらしい。淀まず話を続けながらも、笑われてしまった。何でこのタイミングでこっち見てるかな!
「きゃあ! ちょっと見た?」
「こっち見て笑ったよね!?」
………ま、あれだけ格好良ければ噂もされるわよね。私も高校生の頃にこんな子が居たら友達とキャーキャー言っていたかもしれない。……今も高校生やってるけどね、中身の話。
式が終わり、初日の今日は軽いホームルームで解散となった。とはいえ初日な訳だから、クラスメイト同士の交友を深めようという担任の余計な計らいが長かった。隣の子や前の子と仲良く話をしながら帰り仕度をしていると廊下が騒がしくなる。
しゅうちゃんが群がる女子を笑顔でかわしながら通り過ぎるところだった。
……って、ちょっと待て!あの人、完全に私のこと忘れてない!?これはまずい。
わいわいと話をしていたクラスメイトに断りを入れて、カバンを引っ掴むと彼を追いかける。
「ちょ、ちょっと! 置いて帰るつもり!?」
下駄箱のあるロビーでようやく追いついて声をかける。彼だけでなく周りの子にも振り向かれてしまった。し、しまった、視線が痛い。けど、仕方ない。彼無しには家に帰れないのだから。まぁ、どうせ夢だし。
「瑠璃……本気で一緒に帰る気だったんですか?」
「もちろん! 約束したじゃない」
驚いた顔をした彼は忘れていたというより、本気にしていなかったみたいだ。幼馴染ってこんなものなの?
「ちょっと、あなた。いきなり何なの?」
ぐいっと間に割ってきた女性が私を睨む。ほ、本当にこういう事ってあるのか…と呑気なことを考えながらもその勢いに少し引く。ど、どうしよう、この子達、本気で私を敵と認識してるよ。
「あなた南野くんとどういう関係?」
「え…」
言葉に詰まる。
やましい事など何一つ無いけれど答える材料が私にはなかった。私の沈黙を誤解したのか、ざわざわと周りが騒ぎ出す。しかし、それでも私は紡ぐ言葉を見つけられない。だって、彼との関係を聞きたいのは私なのだから。けれど、ここで半端な答えを返せば逆効果な事も何となくわかる。どうしたものか、頭をフル回転させるも焦りから上手く回らない。
「……幼馴染なんですよ」
ポンと肩に手を置かれてえ?っと見上げる。
いつの間に隣に来たのか、そこには秀ちゃんがいた。どうやら助けてくれているらしい。
「親同士仲が良いので、今日は入学祝いに夕食を一緒に食べる事になってるんです」
え、そうなの? その前に、やっぱり私達は幼馴染だったんだね。親同士が仲良しってのは幼馴染の定番。謎が解けてスッキリした。
そして、彼女達も秀ちゃんの話に納得したのか、急激に態度をひっくり返した。
「やだ、そうだったの?」
「ごめんなさいね、ちょっと誤解しちゃったみたい」
「い、いえ…こちらこそ」
あからさまなその変化に頬が痙攣するのをおさえて何とか笑顔で答える。イケメンが絡んだ女子は怖い。彼女達は身近な人物への取り入り作戦に移行したのだろう。面倒な事になってきた。
「ほら、行きますよ」
そう思ったタイミングに合わせたように、秀ちゃんが私の腕を引く。しゅうちゃんに引っ張られて下駄箱を後にする。
「ち、ちょっと、あの子達、放っといて良いの??」
「正直、モテて悪い気はしませんが、…それだけだな」
やっぱりモテる子は違う。高校生くらいは調度彼女が欲しい彼氏が欲しいと男女共に騒ぐ時期だ。
「秀ちゃんって、彼女いるの?」
「何ですか、突然」
「いや、純粋に気になって……」
確かにどっちにしても私には関わりのない事……あ、しまった! 幼馴染なんだから、そんなこと知ってて当然なんじゃ……
「知っての通り、あまり興味がなくてね」
「え、まさか男の子の方に興味があるの?」
ピタリと立ち止まった秀ちゃんの空気が冷えた気がする。まずい…地雷を踏んだっぽい。
「2度とそんな口がきけないようにしてあげましょうか?」
「ひっ!」
振り返った笑顔があまりにも怖くて竦みあがる。掴まれた肩が痛いし、近づいてくる顔が更に怖い。身体を引こうにもビクともしない。本気で怒っているみたいだ。
「う、うそ嘘! 冗談です、ごめんなさい!!」
最後にとても素敵な笑顔をお見舞いしてクルリと踵を返した秀ちゃん。本気で怖かった。これからは冗談でも言わないように気をつけよう。
それにしても達観してるのは…女の子に困る事が無いからという事かな。……ん? という事は…あらやだ、秀ちゃんてば、とんだ遊び人!?いやーん、破廉恥!
そんなことを考えていると頬に何かが触れる。再び歩きを進めようとしていたはずの秀ちゃんに顎を掴まれていた。
「楽しそうですね、瑠璃」
「ハ、ハハハ…」
一瞬で妄想から立ち返った。目の前には綺麗な秀ちゃんの顔。うん、本当に怖すぎる。
「え…と……こ、声に出してた?」
「何を?」
言えるわけがない。フルフルと引き攣った笑顔で返すことが精一杯だ。
「まだ言いたい事があればどうぞ」
「イエ、大丈夫デス」
その笑顔に物申せる者はツワモノだ!