幽☆遊☆白書の夢たち
□幽助
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++ せんせい 4 ++
「座って」
保健室の扉を開けて電気をつけると、机の横の席に座らせる。私は棚の鍵も開けながら消毒液を探していたら、真ん中の右端の棚と浦飯くんの声が聞こえた。
確かに言う通り、エタノールが置いてあった。
「よく知ってるわね」
「まぁな」
浦飯くんは何事も無いように笑ってたからわからなかったけど、手の傷は結構深かった。その傷を見た瞬間、うっと息を飲んで止まってしまったけど、早く手当てしてあげなきゃ。それにしても酷い傷…。
「どうしたの、これ……」
「相手が割れたビール瓶持っててさ」
「ええっ!?」
いやぁ参ったぜとちっとも困ってなさそうに笑う浦飯くんだけど、私は驚きのあまり声を上げてしまった。私の声が震えてたから安心させるように、ことさら明るく言ったのかもしれないけど、じゃあガラスが残ってるかもしれないってこと?
「び、病院行こうよ! ガラス残ってるかも!」
「平気平気、んなに大した事じゃねぇよ。ワリィけど、その消毒液の蓋だけ開けてくんね?」
動揺している私の考えなどお見通しなのか、苦笑いを浮かべてあとは自分でやるというけど、そんな訳にいかないじゃない。私がやるからと浦飯くんを制止して蓋をあける。動揺からか、蓋は落とすし、綿を取ろうとしてピンセットトレイをひっくり返すしと失態を重ねてしまう。どうにか心を落ち着けようと思うのに、ことごとく空回ってしまう自分が情けない。
「あの、さ……俺、自分でやれっからよ…」
ついに浦飯くんが困ったように言ったのも仕方ないと思う。
でも、こうなったら後には引けないのよ!
「で、出来るわよ! …多分」
「多分かよ!」
何事もね、意地と根性があれば大体どうにかなるのよ! そうよ、為せば成る、為さねば為らぬ!!
不慣れながらも、浦飯くんに指示をもらいながら、どうにかこうにか消毒を済ませ、ガーゼやらテープやら包帯を駆使して傷を覆ってゆく。
浦飯くんは痛がる素振りも殆どなく逆に笑っていた。
「ヘッタクソ!」
「うるさいわね!」
勢いでそう返したものの、包帯を巻き終わったそれは、見れば見るほど悲しい出来栄え。動揺だけでは説明出来ないほど、ところどころよれてるし自分で見ても良く出来てるなんてお世辞にも言えない。
「ごめんね、浦飯くん。あの、良かったらまだ他の先生残ってると思うから呼んで」
「いいよ、これで」
誰が見たって酷いのに嫌がりもせず、すごく優しい顔で包帯を見つめる浦飯くん。なんて良い子なの! 余計に申し訳ないわ。
「ごめんね、不器用で。先生、練習するからね!」
何故か驚いて目を大きく開くと、浦飯くんは少し考えるように口を開いた。
「……瑠璃はさ」
「先生!」
話の腰を折って悪いけれどこればっかりは譲れない。反射のように言えば、へいへいと相変わらず全くわかっていなさそうな返事を返しながら、浦飯くんが訂正した。
「センセーはさ、喧嘩には怒らねぇんだな」
「え?」
「煙草はあんなに怒ってたのにさ」
今度はこちらがキョトンとする番だった。そう言えば、そうだわ。確かに心配もするし危ないとは思うけど、喧嘩する事が悪い事だとは考えてなかった。
「……男の子ってそんなものなんじゃ無いの? 殴り合って友情に気付いたり、自分が痛い思いをして相手の苦しみや痛みを知ったり、本気でぶつかって絆が出来たり」
「ふーん」
あ、あれ? 何か違うのかしら?
私は中学からずっと女子校だったから、男の子の事はわからないけど、イメージとしては浦飯くんは大きく外れているわけじゃなかった。むしろ、わかりやすいくらいのザ・男の子。ヤンチャで悪戯好きで、でも素直で優しくて明るくて、みんなは浦飯くんを悪のように言うけど、私には自分に正直なだけに見える。とても純粋で若いだけなんじゃ無いかと思う。だから喧嘩だって沢山すればいいし、そこから身体や心を全部使って、いっぱい学べばいいと思う。
だって、彼は誰かに害をなそうとしているわけじゃ無いから。
「……何か変なこと言った?」
「いーや、べっつに〜」
虚空を見つめる彼に聞けば、聞いてるのか聞いてないのか、わからない返事。でも、不真面目っていうんじゃなくて、何かを考えてるような、そんな感じ。
「なんでもねぇ。手当、サンキュ!」
浦飯くんはそう言うと、こっちが話しかける前に立ち上がって大きな伸びをした。
そして、もう一度私の蒔いた包帯を見て笑い保健室を出て行った。
例えるなら、子供が親の為にと頑張って折った歪な折り紙を眺めるような、そんな温かい目だった。
「本当、良い子なのよね……」
あの子の為に、私に何が出来るかしら。
……まずは包帯を巻く練習をしようかな。
― to be continued―
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