黒き憂鬱

□第一章 参話
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月花の如く



 彼はやはり、相変わらずだった。
 何にも興味が無いなんて表情をして、その瞳の奥底では、本人も自覚していない優しさが見え隠れしている。多分、気付くものでなければ気付けない彼のその優しさは、いつも誰にも向けられない。ずっとずっと、その奥底で秘めたまま。
 けれどそれとは相反した残虐さも持っているから、可哀想な程に彼は思うままに生きていけないのだと思った。仲間だって本当は、興味ないように、鬱陶しそうにしているように見えて、本当は誰よりも気にかけているのだろう。そうでなければ―――。

「華空さん」

 史陽のクラスに紫筑がやってきてから既に一週間程が過ぎた。
 やはりなんといっても彼のファミリーのメンバー達だ。彼らは、いち早く紫筑の異色さに気がついたらしい。それぞれがそれぞれで、きっと史陽と同じくらい、もしかしたらそれ以上に警戒しているかもしれない。
 それは、史陽としても嬉しい事ではあった。
 そんな中、逆に彼のファミリーで異色な存在が史陽に話しかけてきた。
 彼が転校してきた翌日、まず最初にやってきた彼のファミリーであるこの人。彼の事を心底大事に思い、周りにも解るくらい牽制している癖に、どうしてか史陽に殺気を飛ばさなければ睨みつけてすら来なかった。彼女といつも一緒に居る、彼女の弟も同じだった。
 だから最初は、知らなかったのだ。彼女やその弟が彼のファミリーの一人であるとは。
 どうして知れたのか。それは、単純に噂で彼を慕っていると聞いたからだ。それはもう、異常な程に彼を慕っていると。

「白刃矢…さん?」

 白刃矢雪音。風無夜玖のファミリーの一人。その落ち着いた雰囲気と、女子ですら魅了する美貌で、夜玖と一緒に2-Aで酷く持て囃されている存在だ。ただあのクラスには元々女子に人気のある存在と、男女共に人気のある存在が居た。だから、別に中心人物、と言う程ではないが、それでもその穏やか且つ優しい性格故か、2年全体を通して人気者だ。後輩先輩とも話しているところを見た事がある。
 彼女を警戒する必要は無いかと思いつつ、何処か異空間にいるかのような彼女を気にかけてはいた。
 勿論、彼のファミリーの一員である限りは史陽の存在だって知っているだろうが。それにしてもこの十日以上に及ぶ間、全くこちらに殺気も何も向けてこなかった彼女が突然話しかけてきたのは不思議だった。
 殺気は向けられずとも、優しげな微笑なら向けられた事はあったが。

「少し、お話宜しいですか?」

 彼女はひとりだった。いつも傍にいる弟の存在は無く、たったひとりだけで史陽に話しかけてきたのだ。
 史陽の隣にいる紫筑が不思議そうにしている。何しろ彼女は、一応は一般人だ。ファミリーだの云々という話は、全く知らないだろう。だったら、夜玖にあんな視線を向けていたとしても彼女には殺気を向けない理由は解る。
 ただ、彼女が夜玖に殺気と呼べるものすら向ける理由は、未だに解るようで解らなかった。

「……平和野さん、そういう事だから、教室で待っててくれるかしら」
「……うん。お昼は一緒に食べよう、華空さん!」
「ええ」

 彼女になんと返すべきか悩み、結局、彼女の返事の代わりに紫筑に離れるように頼んだ。
 途端に少しだけ強張っていた彼女の雰囲気が、ふ、と和らいだように思えた。

「それじゃあ…屋上に行きましょう、白刃矢さん」
「はい」

 刹那、花が綻ぶように笑んだその姿は成る程随分美しく可愛らしい。
 何故こんな人が訳有りばかりが集まる彼のファミリーに入っているのかが全く解らないが、兎に角彼女は、少なくとも今は史陽に危害を加える気は微塵も無さそうだと判断した。



*   *   *



「それで、話って何かしら」

 なるべく自分を呼び出す相手には警戒をするようにしている。それは相手が男であれ女であれ、変わらず。一応自分は一ファミリーの幹部であり、そうである限りは何処の誰に情報がばれて狙われているかも解らない。幾ら弱小ファミリーとはいえ、その弱小ファミリーが狙われ潰されるというのはよく聞く話だ。
 けれど、彼女は既にとあるファミリーの一員であると知っている。その時点で警戒すべき相手であるという事は確定済みの筈なのに、彼女相手に警戒心が湧いて出ないのだから困った話である。どうしても、この人は警戒しなくても大丈夫という認識が出来てしまうのだ。それがどうしてかは何となく解っているけれど。

「貴女が一体、彼に何をなされるつもりでいらっしゃるのか、それをお訊きしたいと思って呼び出させていただきました」

 変わらぬ微笑で言うその姿は、花といより月のように思えた。
 太陽のように全体を、広範囲を明るく照らすのではなく、強く照らすのではなく、月のように光を受けてその受けた光で暗い闇の中、誰かを控えめに照らし出す。行く道も見えないそれを導くかのように。
 嗚呼、綺麗だ。

「……貴女に、話す意味は?」
「………私が貴女を警戒すべきかどうかを見極める為、ですかね。場合によってはここで牽制しておかなくてはなりません」

 何処までも丁寧に、優しい口調でそう述べる彼女の目はしかし、本気だった。
 出来るだけ危害を加えたくはない。けれど、もしこちらが彼に何か危害を加えるようなら、あちらもそれを止むを得ないとするのだろう。
 なんと上司思いな事か。

「安心してくれて大丈夫。…私は、確かに彼に“何か”をするつもりではいるけれど、危害を加える事は一切無いわ。
 それは私の意思に反する事だから、ファミリーの人たちもそのつもりで居てくれているの」

 その言葉を聞いて一瞬でふ、と先程よりずっとずっと柔らかく優しい笑みを浮かべた彼女。

「有難う御座います、素直に話してくださって。
 これから、私と貴女はお互いに何か危害を加え合う理由も無い。ですから仲良くしていきたいと思っているのですが如何でしょう?」

 随分柔軟な思考を持った女性らしい。それはそれは、中学生とは思えないくらいに。
 勿論。そう答えて、今度はこちらから握手を求める。それに驚いたように瞠目した後、殆ど間を空けず握り返してきた彼女とは、本当に今後、仲良くしていけそうだと思った。

「改めて自己紹介を。私は白刃矢雪音と申します。…知っての通り、彼のファミリーの者です」
「私は華空史陽。知ってるかもしれないけれど****の幹部よ」

 もしかすると、彼女は大きな力になってくれるかもしれない。彼への復讐への力ではない。それよりも、今最も困った事―――つい最近転校してきたばかりの、紫筑の事だ。恐らく、彼女も紫筑の危険性には気付いているだろうと思う。だからこそ、彼女には是非協力してほしかった。
 最近紫筑は、夜玖を見つけると攻撃的な視線を向けるのだ。それは、彼に危害を加えたいわけではない史陽としてはとても宜しく無い事だ。
 もし何かあれば、彼女にも相談してみる事にしようと思う。
 そう思って、気が楽になった。
 ―――どうやらその気が楽になった事が間違いだったらしいとは、暫くして気付く事になる。


きっとそれは油断という名の。
(“一般人”の“紫筑”という人間を見くびっていたのかもしれない)


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大好きなオリキャラ二人を絡ませてみました。
史陽にとって雪音は自分を幾らも理解してくれる貴重な存在となると思います。同時に雪音は、夜玖の一番の理解者でありながら敵対関係にあるというそれに何か複雑なものを覚えながらも、夜玖にとって彼女が必要不可欠なのであるとも心の底から理解しているのだろうと。
史陽も雪音も、大事な私の娘なので大事にしていきたいです。

一応補足としては、雪音は夜玖が恋愛感情で好きなわけではありません、という事だけ。

夜玖が近くに居ると史陽は苦しいけれど、それでも誰か助けてくれる存在が必要です。でもそれは彼女の近くにいる存在では不可能です。例えば彼女のファミリーの者では。そんな時きっと雪音は彼女を助けてくれる存在となる筈です。
けれど雪音を助ける存在は史陽ではありません。夜玖でもありません。

…私の中で一番複雑なキャラなのは雪音です。夜玖は大分単純な思考をしているし、史陽は複雑ではあるけれどそれは心の在り方であって思考でも周りの関係性についてでもない。雪音が最も複雑です。夜玖に依存しているように見えて実は…なんてところまで。大分深いところまで設定を考えているのがオリキャラの中で最も気に入っている雪音です。

長々と後書きすみませんでした。



(書き手:管理人B)


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