黒き憂鬱

□第一章 五話
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悪夢の中で見えたもの


「夜玖…!おい、聞こえないのか、夜玖!」

 何かと何かがぶつかる音の後、何も聞こえなくなった機器に向かって何度も語りかける。
 目の前に広がるのは、口の端を切らし頭のどこが切れたのか、そこから血を流している酷く痛々しい姿の朝日が、苦しそうな表情を浮かべて転がっているそれだった。
 屋上の扉を開いた時、まず目に飛び込んできたのはガタイのいい男達だった。
 蓮矢は手を出す対象外だったのか、蓮矢の姿を視認した途端に屋上を去った男達。その後ろから蹴りを入れてやっても良かったが、今優先すべきはそんな報復ではなく、朝日の手当てだった。
 どうしよう、どうすれば。どうするべきなのだろう。
 そうして軽いパニック状態に陥った状態で取った行動は、リーダーであり朝日の事実上兄である夜玖に連絡を取る事だった。
 怪我人に対する対処法などわからないし、何よりこうなってしまったのは朝日から目を離した自分の責任だという自責の念が、蓮矢の正しい思考回路を歪ませていた。

「や、」

 何の音さえ拾わなくなったそれに向かって今一度呼びかけようとしたところで、ホラー宜しく、扉が薄く開いてそこから一つの目が覗いている事に気付く。
 日が落ちかけているせいで、彼に光は当たらず髪の毛すらまともに見えない。が、すぐに気付いた。あれは、さっき1-Aの教室に居た少年だ、と。
 足音も気配もしなかった。ただ蓮矢が混乱して気付かなかっただけかもしれないけれど、それにしても。
 じっとその目と見つめあう。
 数秒して、僅かな隙間のみを作っていたその扉がゆっくりと開く。そうして出てきたのは、やはり蓮矢が思っていた人物だった。その目は虚ろで、やはり何も映さない。

「運ぶよ」

 何の前触れもなく、蓮矢のすぐ近くまでやってきた少年はそう言う。
 その視線の先には、倒れている朝日。
 見下すようにも見える視線でじっと見つめて、何も答えない蓮矢の代わりにその成長途中特有の未発達な細い腕を伸ばした。蓮矢と同じくらいか、それより細いだろう。
 突然の事だというのに、蓮矢は何故か特に疑問も抱かずその手を見送った。どうしてか解らないけれど、不思議と大丈夫と思えてしまった。今日初めて存在を認めた少年だというのに、どうしてこんなに信頼しきっているのだろうか。
 自分に対して多大な不信感を抱きながら、それでも絶対に大丈夫だと思えてしまえていた。

「……僕の力だけじゃ無理なんだけど。運ばないでいいの」

 中々何もしようとしない蓮矢を振り向いて、彼は言う。
 不快感が混ざっているようにも、本当に単純に疑問に思っているようにも思える声音。その声で蓮矢に問うた後、少年はすぐに朝日に向き直った。
 本当に不思議な少年だ。何者なのだろうか、この少年は。ブラックお抱えの情報屋や例の黒い情報屋に聞けば解るだろうか。
 どうして、ブラックの事情について殆ど知っているのか、も。
 綺麗な顔には感情も何もなく、やはりその瞳からでは何も読み取る事は出来なかった。蓮矢はそっと視線を少年から朝日に移す。
 どうすればいいだろう。大丈夫だ。それは蓮矢の勘ではあるが、確信している。この少年は大丈夫だ。任せても、手伝ってもらっても、ブラックの屋敷に入れても。大丈夫だ。
 けれど、夜玖はどうだろう?
 夜玖は許すだろうか。他人が自分達のテリトリーへと入ってくる事を。得体の知れない者がアジトへと入ってくる事を。

「……蓮矢」

 さっきまで何も伝えてこなかった機器から、夜玖の声がした。
 嗚呼そうだ。訊けばいい。

「夜玖。……朝日を運びたい、でも、俺一人じゃ無理だ。……で、手伝ってくれるっていう奴が居る。アジトへの踏み入れを許していいか?」

 いつもの少し騒がしいくらいの音量を抑えて、極めて真面目に訊く。
 何かを言いかけていたのだろう夜玖は、それを言う事もなく暫くの間無言だった。
 蓮矢さえ様々な事に思考を及ばせる事が出来るくらい、たっぷり時間を置いて、夜玖は呻くような声を出した。

「……許可する。なるべく早く帰ってこい。……そいつの正体も気になるし、……な」

 何かを言い含めるような言い方に、少し嫌な予感がした。
 早く帰ってしまわなければ、なんとなく、少年も自分も危ない気がして。解った、と答えてから通話を切る。
 そこで初めて自ら少年へと話しかけた。

「よし、運ぼう!」

 少年は何も答えず、頷きさえせず、恐る恐るといった体ではないのに、それでも体に障らないような持ち上げ方を心得ているかのような触り方でゆっくりと朝日の上半身を抱えた。
 少年が何者なのか。ブラックに味方する情報屋が二人も居るのだ、訊いてみよう。
 そう心に決めて、朝日に負担を掛けないよう、そっと脚を持ち上げた。



例えば、その事実。
(少年について)


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夕日君が調べ上げるのか、もう一人の子が調べ上げるのか。
私も知りません。だって次書くの私じゃありませんから。

少年が教室に居た理由、みたいなの書こうと思ってたんですが、展開的に無理でした。
多分次の私の番くらいで、少年について色々解るかな。



(書き手:管理人B)



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