暑い
「さくー」
暑い
「さーくー」
とにかく暑い
「さくべー」
それもこれもこいつがくっついて離れないからだ。
「三之助」
「なにー?」
「暑いから離れろ」
「ヤだ」
「なんでだよ。鬱陶しい離れろ」
「ヤだ」
さっきからずっとこの調子。いくら八月が終わったとはいえ、まだ九月もなかば。只でさえ暑いのに、おれよりでかい男が後ろからべったりくっつくこの状況。たまったもんじゃない。
「作、その本おもしろい?」
「おもしろい」
「ふーん」
いい加減に離れろおれの読書の邪魔をするな。と言いたいところをぐっと抑える。
「なあ。ほんとさっきからどうしたんだよ。なんか今日甘えたじゃね?」
「んー。二人っきりって久しぶりだし」
「あー言われてみればそうだな」
団蔵の迎えと共に委員会へ向かったきり帰ってこない左門。もう夜も遅い。この時間に帰ってこないということは今までの経験からすると徹夜だろう。
「確かに、久しぶりだなあ」
「作兵衛、今気づいたの?」
「うん」
「ひでーなー。俺ばっか意識してるみたいじゃん」
あ、すねた。
たぶん口をとがらしてむくれてる。
やべ、顔みたい。
「三之助、すねた?」
「作兵衛のばーか」
「ごめんって」
「作兵衛ばーかあほ面まぬけ」
「喧嘩売ってんならいつでも買うぞ」
「作兵衛は俺との時間をもっと意識して大切にするべきだ」
「あー……悪かったって」
「うん、いいよ」
あっさり許す三之助にずっこけそうになった。拍子抜け。
「やけにあっさりしてんなお前」
「作兵衛のほんとの気持ちわかってるからねー」
「あ?」
「左門が行ってから、ずっと緊張してたでしょ」
「は?んなわけねーだろアホかお前」
「作兵衛がおもしろいと言ったその本。さっきから頁進んでませんよ」
「おれは一文字一文字じっくり読むタイプなんだ」
「へー初耳」
「ああ、初めて言ったからな。喜べ三之助。お前はおれの読書嗜好を初めて知った第一号だ」
「……作兵衛って嘘が下手だよな」
「嘘じゃねーよ」
「またまた。耳が真っ赤ですよ」
ばれたか。黙りこむと「作兵衛かわい」と耳元で言われた。くすぐったい、やめろ。
「ねー作。俺、離れた方がいい?」
「別に三之助が離れたくないなら、このままでもいい」
「素直じゃないなー」
「うっせ」
「ま、そーいうとこも可愛いけど」
こいつはよくもまあ照れもせずに。こっちが恥ずかしいわ。
「あー、作にくっついてると安心する」
「それはよかった」
「うん。俺幸せ」
「あそ」
おれもだよ、と言ったら三之助はどんな顔するだろう。言わないけど。つか言えないけど。
本を閉じて後ろに力を預けると三之助の体がわずかにぴくりと動いた。
「あれ、本はもういいの?」
「お前のせいで集中できねーんだよ」
「ふーん」
へへ、とくすぐったそうに笑う三之助に、今なら柄じゃない言葉も言えるかもなあ、なんて思った。
「三之助」
「んー?」
「しばらくは、」
「しばらく?」
「このままで、いいよ」
「……ん」
「つか、このままがいい」
「さく」
「なんか安心するし、幸せだなーって思う」
あー言っちゃった。言ってしまった。熱い。顔がとんでもなく熱い。馬鹿かおれは急に何言ってんだ。きっと三之助も訳わかんないって思ってる。くそ、本当に柄じゃねえ。
「さく」
ぎゅ、と体にかかる力が強まった。
「俺今超嬉しい」
「そうか」
「普段素直じゃない人がたまに出す素直さってたまらないね」
「黙れあほ」
「あ、素直じゃない作に戻った」
なんだかんだ言いつつ、こんなやりとりさえ楽しいと思える自分は相当こいつが好きなんだと思う。
20100825