「どした?なんか今日いつもと違くね?」
「……っせーよ」

週一恒例、富松との勝負でめっためたにやられた。圧倒的と言っても過言じゃない。めっためたのぎったぎた。惜しいとかそんなんじゃない、完全なる敗北だ。体はぼろぼろだし(毎度毎度容赦ねえ)息は切れぎれ。立つのもしんどくて地面にしゃがみこむ。はやく一人になりたい。どっか行ってくれねーかなこいつと思って目線をやると、なんか真顔でこっちを見てた。

「おい、何があった」

そう問いかけてくる富松の目は真剣そのものだ。富松のこんな目線受けたことなくて、思わず目をそらしてしまう。

「別に、何もねーよ」

嘘だけど。

本当は何でもある。不安で不安でたまんねー。だけど、こんな事言ったらアンタに馬鹿にされるから。言わない。

「目そらすなんてあからさまな態度とりながら嘘言ってんじゃねえ。今日の戦い方もなんか変だったし、何があった?それとも何か悩み事か?」

悩み事、なのかもしれない。ただただ不安で、自信がないんだ。



「なあ、富松。おれ、アンタに好かれてる自信ねーよ」


正直にそう告げた。そんな目で見られてたまらなくなって。おれは自分で言うのもなんだけど素直じゃない。そんなおれが素直に悩みを告げたのだ。それなのに富松ときたら、

「はあ?」

これだ。間抜け面で「はあ?」ときた。もうダメだ。おれの心は粉ごなだ。こいつを好きだという自分の気持ちにまで自信持てなくなってきた。……や、それは嘘だけどさ。とにかく、おれは新たな傷を負ったのだ。今のおれは体も心も富松のせいで傷だらけだ。なんでこんなヤツ好きなんだ。

「池田。お前そんなことで今日調子悪かったのか?」
「アンタがそんなことって言うなよ!大体、いつもいつもおれ以外の奴ばっか見てるから。こんな、不安になるんだ」

富松は本日二回目の「はあ?」を言うと眉間に皺をよせて顔をしかめた。

「お前以外の奴?誰のこと言ってんの?」
「……あの方向音痴二人組だよ」

口にするのも苦々しい。次屋三之助と神崎左門。富松と同じ組で富松と友達で、どうしようもない方向音痴のアイツら!

「左門と三之助え?」
「富松は、いつもいつもあの二人を探してる。大きな声で名前呼んで、すげー心配そうにしてさ。きっと、アンタの頭の中はあの二人でいっぱいだ。四六時中あの二人のこと考えてる。アンタの頭の中におれが入る隙間なんてありゃしない。富松はさ、一日の間に少しでもおれのこと考えたことあるか?」
「………」
「おれはあるぞ。授業中だって飯食ってる時だって委員会中だって、いつだって富松のこと考えてる。歩いてるときは偶然会えないかなあとか考えたりする。でも偶然会えてもアンタは、」

あの二人を探してるんだ。おれになんて気づきもしない。なあ、アンタとおれって本当に両思いなの?おればっか好きなんじゃねーの?なんかもうわかんねーよ。


「ばっかじゃねーの」


富松は心底呆れてますというような顔でしゃがみこむと、おれの目に目線を合わせてきた。

「その一、池田の実力じゃあ到底敵いっこないおれに向かって何度も戦いを挑む負けず嫌いなとこ。その二、強くなりたいというその向上心。その三、根気強さ」
「……は?」
「その四、今みたいに結構かわいいとこ」

一瞬で顔から火が出そうになった。富松が何を言ってるのかなんとなく理解したと同時に、今さっき自分が何を言ったのかを急速に自覚しはじめて。
なんて事言ってしまったんだろう。こんなの只のガキだ。

「まだまだあるけど、全部は言ってやんねーよ」
「な、にを」
「おめーの、す……す、きなとこだよ」
「すすき?」
「好きなとこだよ!二回も言わせんな!」

真っ赤な顔の富松の目に、呆然とした顔のおれが映る。

「言われてみれば、確かに左門と三之助のこと考えてる時多いかもしれねーけどさあ、お前のこと考えてないこともねーぞ」
「ないこともないって、どっちなんだよ」
「っせ」

富松は「とにかくだなあ!」と両手でおれの両頬をぱしんと軽く挟むと、おれの目に視線を真っ直ぐ合わせてきた。

「不安がらなくても平気だって話だ。勝手に悩んでんじゃねーよ、ばーか」

にか、と歯をみせて笑う富松に不安が溶けていくのを感じた。富松は頬から手を離すと、そのまま右手をおれの頭にのせる。わしゃわしゃ頭を撫でられた。

「お前、時々かわいーよなあ」
「……うっせ」

富松は手を離すと、立ち上がって伸びをした。おれはその動きを目で追って、自然見上げる形になる。
身長はでかくないけど、でも、大きかった。大きいと思った。悔しいけど、富松にはまだまだ敵わない。いつか越すけど。

「富松」
「あー?」
「勝手なことばっか言って……悪かった」
「や、俺も不安にさせちまって悪かった。つーかお前さあ、授業中は授業のこと考えた方がいいぞ」
「え?」
「ま、そんだけ好いてくれてるってのはありがてーけどな」

にやりと笑う富松に、かあっと顔が熱くなる。

「熱烈な告白だったなー。そんっなに俺のこと好きだったなんてなー。俺も愛されてるなー」
「っ、てめー黙りやがれ!」
「あーあー、こわい顔して。さっきの可愛い池田はどこにいったのやら」

最悪だ。なんでこんな奴にあんな醜態を晒してしまったのだろう。池田三郎次、一生の不覚。

「富松だって、さっき言っただろ」
「あ?何のことだ?」
「おれの、好きなとこ」

にやりと笑ってみせると富松はさっきまでの勝ち誇った態度を一変させ明らかに動揺した。

「っ、言ってねえよそんなの」
「言った言った四つは聞いた。まだまだあるとも言ったよな」
「空耳じゃねーの」
「この耳で聞きましたー」
「黙れチビ」
「は!?アンタにだけはチビなんて言われたくねーよ!」
「うっせ!んなどーでもいい事は置いといて!医務室行くぞ」

言うが先に富松はさっさと歩きだす。

どーでもいい事なんかじゃねーよ。すげえ嬉しかったんだからな。勝手に空耳なんかにすんなよ。

小さくなる背中をぼんやり見ていたら、富松は足を止めこちらを振り向いた。

「ちゃっちゃと動けよ」
「……」
「あーもー!」

ずかずかとこっちへ戻ってくる富松。こえー顔。怒ってんのかな、顔真っ赤だ。


「ほら」

右手を差し出された。


「……は?」


意図が掴めず呆然と手を見つめる。右手?ほら?意味わかんねえ。何がしたいんだこいつ。


「ああもう!わかんねーのかよてめーは!」
「は?何怒って、」


手を、握られた。


あったかいなーと思った。ぬくいなーと思った。つか、異様に熱かった。


「……手、熱くね?」
「気のせいだ」
「顔も真っ赤だぞ」
「黙れ」


だめだ。顔が勝手ににやつく。


「てめーなんだよそのムカツク顔は」
「え、や、別に?」
「池田のアホ」
「今は何を言われても聞き流せる自信がある」
「くそチビ」
「なんだと!」


結局また喧嘩して負けて、おまけに医務室で左近に叱られた。懲りないよなホントと呆れ顔で溜め息までつかれてしまう。仕方ねえだろ。だってアイツはおれのそーいうとこが好きみたいだしさ。そう言うと幸せだなお前と言われた。うん、否定はしない。


20100902



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