※年齢操作+3





なんだよ、これ。


伊助はおれを無表情のまま見上げると、壁に両手をついてじっと見つめてくる。昔より縮まった身長差が顔の距離を狭めていて戸惑う。こんなに大きかったけ、こいつ。

戸惑いと、このままじゃなんか危ないぞという本能でこの状況を打破しようと体に力を入れると、伊助は無表情だった顔に薄い笑みを浮かべて「無駄ですよ」と言った。

「僕、こう見えて力あるんです。掃除って結構筋肉使うんですよ」
「おれがお前に力で敵わないとでも思ってんのか」
「思ってます。あんまり僕のこと舐めないでください。いつまでもあの頃のままじゃありません」

伊助が両腕の力を強めたのがわかった。じっと見上げてくる目線に耐えきれず目をそらす。
一体何なんだよ、この状況。伊助は壁に両手をつけおれの体を囲い、薄く笑いながらただひたすらにじっと見つめてくる。背中に伝わる壁の冷たさ。首筋を冷や汗が伝う。
今までやってきた嫌がらせの仕返しだろうか。伊助にしてきた嫌がらせは覚えてるだけでもかなりの数があるから、報復を決意されてもおかしくない。そうか、おれは喧嘩を売られてるのか。でもどうせ伊助だ、おれが勝てないはずがない。体術でも苦無でも手裏剣でもかかってきやがれ。おれは頭を戦闘状態に切りかえ、挑発の意味を込めてキッと睨みつけた。
そんなおれの睨みに伊助は薄い笑みを剥がしてきょとんとすると盛大な溜め息をついて肩を落とす。

「あーあ。だから先輩は馬鹿なんだ」
「ああ!?お前ふざけんなよ!」
「先輩、僕が仕返しか何かで喧嘩ふっかけてるとか思ったんでしょ」
「実際そうだろーが、この状況」
「全然違います。僕は先輩に迫ってるんです」
「はあ?」
「……先輩のそーいうとこも好きですけど、」

伊助の顔が近づいてくる。え、なんだよこれ。意味わかんねえ意味わかんねえ意味わかんねえ。壁にぴたりと背中をくっつけ精一杯の後退り。

「あんまり鈍いのもどうかと思いますよ」

ぞくりとした。耳元で囁くその声に。体が痺れたみたいに動かない。

「はやく気づいてください。じゃないと僕、もう我慢できません」
「……なんのこと言ってんだかわかんねえ」
「すっとぼけないでくださいよ。いくら先輩でも、そこまで鈍感じゃないでしょう?あ、もしかしてわざとですか」

耳元で、伊助の口から発せられる声がそのまま耳の中へ流れるように入りこむ。体の痺れがとまらない。

「……ちげーよ、ばか」

わざとなんて、そんな器用なことできるわけない。だって、今気づいたんだから。伊助はおれの耳から顔を離すと、おかしそうに笑った。

「じゃあ先輩は只の鈍感だ」
「それは違う。おれはたまごと言えど忍だぞ。常に鋭い」
「何言ってるんですか。この状況を喧嘩だと思った時点で激ニブですよ」
「お前の態度がわかりにくいのが悪い」
「あーあー、僕のせいにしちゃいますか」

肩をすくめて苦笑する伊助。こいつ、いつにも増して生意気な。

「先輩最悪。そーいうの、責任転嫁っていうんですよ」
「うっせ」
「まあ、鈍ニブな先輩にようやく気づいてもらえただけでも、行動おこした甲斐がありました」

そこで伊助はくしゃりと恥ずかしそうに顔を赤らめて笑う。あ、いつもの伊助。

「僕だって一杯一杯なんですよ。さっきだって爪先が痛くて痛くて」
「爪先?」
「……耳元でしゃべるには、まだ身長足りないから」

一瞬何のことか分からなかったがすぐ合点がいった。こいつ、耳元でしゃべってたとき背伸びしてたんだ。あんな偉そうにしてたくせに。笑える。

「だっせ。お前チビだもんなあ」
「チビじゃないです!は組の中でも真ん中より上はあるんですよ」
「組の中で中の上でも、おれより小さい時点でお前はチビだ」
「なんですか、それ」

伊助は口を引き締め下から睨みあげてくる。が、すぐに微笑を浮かべ、ぐいっと体を上げて(また背伸びしてんだろ)おれの左耳ぎりぎりまで顔を近づけてきた。息がかかってくすぐったい。そのくすぐったさにドキドキしてるおれはこいつに毒されてるのかもしれない。

「ねえ、先輩。先輩は僕のことどう思ってるんですか」
「生意気なあほ」
「僕は先輩が好きです」


ぞくりと、体が震える。


顔に熱が集中する。畜生、こんなの卑怯だ。


「先輩は?」


そんなの、言えるわけない。

ひょい、と横から伊助の顔が現れる。おれを見るなり、にたりと嫌な笑みを浮かべる伊助。

「先輩、顔赤いですよ」
「っ、赤くねえ!」
「ねえ、その反応は僕と同じって捉えていいですか?」
「………勝手にしろ」

恥ずかしさに目をそらすと、「勝手にしますよ」と明るい声。途端、頬にやわらかい何かが押しつけられる。小さなリップ音と共に。

「ごちそーさまです」

にこにこ笑う伊助の目に馬鹿みたいにぽかんとした顔のおれが映る。な、何が起こった?今、こいつ、おれの頬に!

「何すんだよ!」
「やだなあ先輩。ほっぺたじゃないですか」
「ほっぺたって、ほっぺたって、ほっぺたでも!ああああ何すんだよほんと!」
「こんなので真っ赤になるなんて先輩可愛い」
「ふざけんな!」
「僕は鈍感な先輩に耐えて耐えて、僕の気持ちに気づかせるという偉業を成し遂げたんですよ。自分へのご褒美です」

すごく頑張ったんですからね、と口を尖らせる伊助を呆然と見ながら、ゆっくり頬に手をやる。伊助に触れられた頬は変に熱がこもっていて、どこよりも熱く感じた。


20100909


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