「めずらし。てっきり保健の誰かだと思った」


散歩中に聞こえてきた「おーい誰かあああ」という悲痛な叫び声に足をとめて今しがた通りすぎたばかりの穴を覗きこむと、土で汚れた作がこっちを見上げて大きく手を振っていた。

「三之助!よかった、助けてくれ!」

さして深くない穴の中でぶんぶんと手を振る作。その手を掴んで引き上げると、「助かったあ」と安心からか小さく息を吐いた。

「ありがとな、三之助。さっきから誰もここ通らなくてさあ、このまま一晩ここで過ごすことになったらどうしようかと思ったわ」

地面に座り込み、足首をさする作。顔は笑ってるけど、額に玉のような汗が浮かんでる。

「作、もしかして怪我してる?」

作はぎく、と肩を上げるとバツが悪そうに顔をしかめた。

「右足を捻挫してる。なんでわかった?」
「作が落ちるなんて珍しいし、このくらいの深さなら一人で上がってこれるだろ。あと、足首さすってる」
「あー、そか」
「なんで言わないんだよ」
「だって恥ずかしいだろ。いくら捻挫してるからって穴に落ちるなんてさ」
「そんなこと言ったら数馬に怒られるよ。歩けんの?」
「あほ。どうやってここまで来たと思ってんだよ。歩けるわ」

そう言って立ち上がるも、すぐに顔を歪めてしゃがみこむ。やっぱり、歩けないんじゃん。

「穴から上がってこれなかった時点でわかってんだろ。落ちた時に悪化したって」
「っ、大丈夫だよ。こんくらいなんてことねえ」
「作、乗って」

作の方に背中を向けてしゃがみこんだ。そんな足、大丈夫なわけがない。

「あ?乗ってって何にだよ」
「俺にだよ。決まってんじゃん」

首だけ振り返るとめちゃくちゃ嫌そうに顔をしかめる作がいた。え、なにその顔。ちょっと傷つくんだけど。そんなに嫌っすか、俺におぶわれるの。

「なんでおれがお前におぶわれなきゃなんねーんだよ」
「だって作、歩けないじゃん」
「そ、うかもしんねーけど。お前におぶわれるのはなんかイヤだ」

うわ、ぐっさり。言葉の威力すごい。作に言われると半端ない。

でもさ、嫌だからってこのままほっておけないよ。

「嫌でも乗って」
「無理」
「そんな足でどうやって移動する気?医務室にだって行けないよ」
「……なんとかなる」
「何その楽観的な考え。作らしくもない」

それでもまだ渋り続ける作に溜め息が漏れた。そんなに嫌かな、俺のこと。
体ごと作の方を向いて、うつむく作の顔を覗きこむ。

「ねー、なんでそんな意地張るの」
「別に。意地張ってるわけじゃあ、」
「じゃあ俺が嫌い?」

作はうつむく顔を上げて「は、なんで?」とすごくぽかんとした顔で聞いてきた。いや、だって、

「俺におぶわれるの嫌なんだろ」
「嫌だ」

ほら、嫌なんじゃん。その一言かなり傷つくんだぞ。

「俺が嫌いだから、おぶわれるの嫌なんだろ」
「は?なんでそーなんだよ」
「そうなるよ。俺は今かなり傷ついている」
「ちっげえよ!おぶわれるのが嫌なのは三之助が嫌いとかじゃなくて、」
「なくて?」
「な、んか恥ずかしいだろ。体くっつくし」

ずきゅん。と頭の中で音がした。きっと心を撃ち抜かれた音。

「だから、お前が嫌いとかそんなんじゃない。変な勘違いすんな」

視線をそらして恥ずかしそうに呟く作。そんなこと言われたら、さっきの傷なんて一瞬で癒えちゃうよ。

「作、素直におぶわれてくんない?」
「だから嫌だって、」
「俺は動けない作をほっておけない」
「……あー、くそ。後ろ向け」
「ん」

後ろを向いて屈みこむ。すぐにずしっとした作の重みが背中にかかった。思わず笑みが溢れる。

「てめえ何笑ってんだよ」
「んー、べつに?へへ」
「へへじゃねえ」

立ち上がった瞬間、ごすっと左の太股に鈍い痛みが生じた。痛い。すごく痛い。

「作さん。確か貴方は足を捻挫してるんじゃあ」
「捻挫してんのは右足だ。今蹴ったのは左足」

調子乗るからだバーカ、と笑う作。頭のすぐ後ろから聞こえる声。触れたり離れたりの背中と体。

ああ、確かに。くっつくね、おんぶって。

「じゃあ行くよー」
「おー、ってダメだ!動くな三之助!」
「え?」
「動くなというか自分の思うがままに歩くな。おれの言う通りに歩け」
「えー、なんで」
「なんでじゃねえ。とりあえず右だ」
「はいはい右ね」

怪我してようが変わらず小うるさい作にちょっと安心しつつ、作の重みを感じながらゆっくり歩を進める。沈む直前まで強く射す夕日。濃い橙に思わず目を細める。どこかから聞こえる鴉の鳴き声。怪我してる作には悪いけど。うん、良い気持ちだ。


20100912


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