あごの下の方に痛みを感じて触ってみると、ぷくっと膨れた感触がした。

「げ、なんだこれ」

虫刺されか?こんな目立つとこに出来るなんて参ったな。

「作兵衛、何か出来てるぞ」

向かいにいる数馬がめざとく気づいてあごを指してきた。

「赤く腫れてるけど、大丈夫?手当てするか?」

心配そうな数馬に「こんなくらい平気だって」と手を振って答えても通用しない。数馬は「ちょっと待っててくれ」と一言、どこかへ走って行ってしまった。たぶん医務室だろう。こんなの平気なのに。

出来ものに触れると、じんと痛みが増した。数馬が言うには赤く腫れあがってるらしい。いつのまにこんなものが出来たんだか。

「作兵衛お待たせ!」

救急箱を抱えて戻ってきた数馬。息が荒くて、急いで来てくれたのかとちょっとばかし感動する。こいつ、良い奴だよなあ。

「救急箱取りに走ってる時に思い出したんだけど。その出来もの、何か分かったぞ」

救急箱から小瓶を取り出し、蓋を開けながら数馬が言う。

「何かって、虫刺されじゃないのか?」
「違う。それ、たぶんニキビ」

どうやら蓋が固いらしく必死に蓋を回す数馬から、小瓶をぶんどって蓋を回すと簡単に開いた。「どうして僕の時は開かないんだよ……」と呟く数馬に同情しつつ、「ニキビってなんだ?」と聞く。

「ニキビってのは10を越えたあたりから出来る吹き出物みたいなもので、若者に多いんだ。五年生や六年生が時々医務室にやってくる」
「な、そんなのがあるのか!?」
「ああ。でも大丈夫。学園の医務室にはニキビにとってもよく効く塗り薬があるから。作兵衛にも今から塗ってやるよ」

小瓶に綿棒をつっこんで茶色い軟膏をすくいとる数馬。「じっとしてろよ」と言われて頷くと、綿棒がニキビに触れた。じんと痛みが広がる。

「そういえばさ。善法寺伊作先輩から聞いたんだけど、ニキビには種類があるらしいんだ」
「種類?」
「ああ。想い想われ振り振られって言ってな」

そう言うと数馬は人指し指で自分の額、あご、左頬、右頬を順番に指していく。何してんだこいつ。暗号か?

「何してんだ、お前」
「だから、想い想われ振り振られだよ。ニキビの位置で決まるんだ。額のニキビは想い」

そう言っておれの額を指す数馬。次に「想われ」と言っておれのあごに出来たニキビを指す。

「ニキビの位置で、誰かを想ってる、誰かに想われてる、誰かを振る、誰かに振られるってのが分かるんだってさ。これに当てはめると作兵衛のは、」

数馬はおれのあごを指して、にこりと笑った。

「想われだな。作兵衛、誰かに想われてるんだ」

「心当たりあるか?」と聞いてくる数馬に「そんなのねーよ」と笑って答える。自慢じゃないがおれはモテない。

「そんなのどうせ迷信だろ?」

「ま、そうだな」と軟膏が入った薬瓶を救急箱に直しながら数馬も笑う。

「薬は塗り終わったし、とりあえずこれで大丈夫。明日もう一回塗る必要があるからね。風呂ではちゃんと顔を洗うこと。あと枕と布団は清潔に」
「おう。サンキュ数馬」
「いいよこのくらい。じゃあ僕は救急箱直しに医務室行くから」
「わかった。じゃあ、明日もよろしく頼む」
「うん。じゃ、また明日な」

教室から出ていく数馬を見届けてから、さておれも長屋へ戻るかと立ち上がる。

「あれ、作兵衛?」

声がした方を向くと廊下から教室を覗きこむ形で三之助が立っていた。

「三之助、お前なんでこんなとこにいんだよ」

ここはは組の教室だ。三之助は授業が終わった後、金吾の迎えと共にイケドン登山へ向かったはず。帰って来たのか?でもなんで此処に?

「登山が終わって四郎兵衛に長屋まで送ってもらったんだけどさ。帰ってみたら誰もいねーの。で、作兵衛探しに来た」
「お前が?探しに?」
「うん。倉庫にいるかなと思って向かったんだけど、何故か倉庫見つからなくてさ。気がついたら此処にいた」

探しに来たとか言うから驚いたら、やっぱりいつもの迷子かこいつ。「作兵衛みっけ」と喜んでる三之助にため息が漏れる。

「作兵衛は何でこんなとこに一人でいんの?」

三之助が教室にあがりこみながら聞いてきた。

「や、さっきまで数馬と話してたんだ」
「数馬と?」
「三之助は登山だし、左門は委員会だろ?部屋戻っても一人で暇だしよ。は組に遊びに来てたんだ」
「ふーん。数馬と二人でいたんだ」

三之助は軽い相槌を打つと、おれの隣に腰をおろした。

「おい、何座りこんでんだ。もう教室出るぞ」
「数馬と二人で何しゃべってたの?」

二人でのところをやけに強調する三之助に疑問を抱きながらも答える。

「別に大したこと話してねえよ。今日のおかず何だろうなとか想い想われとか」
「想い想われ?」

そう言って顔をあげた三之助の額に赤く腫れた小さい出来ものを見つけた。

「作兵衛、想い想われってなんだ?」
「ああっと、数馬に聞いた話なんだけど。出来ものの位置で誰かを想ってたり誰かに想われてたりが分かるんだってさ。額に出来てるのが誰かを想ってるって事で、」

三之助の額に目がいく。額に出来たニキビ。想い。

「あごにできた出来ものは、誰かに想われてるってことらしい」

自分のあごに出来たニキビ。想われ。

「ま、こんなの迷信だよなーって笑って終わったんだけど」

そう言うおれを無視して、三之助はおれの顔をじっと見つめてくる。目線が顔の下の方にあるから、たぶんこいつはおれのあごにあるニキビを見てるんだろう。おれから目線を外した後、そっと自分の額に手をやっている。

「ほら、何ぼけっとしてんだ。はやく長屋戻るぞ」

そう言って三之助の左腕をつかみひっぱり起こすと、三之助はゆっくりと立ち上がりながら「それ迷信じゃねーと思う」と呟いた。

「あ?何言ってんだお前?」
「作兵衛のあごの出来もの、たぶん俺のせいだ」

何言ってやがるんだこいつと三之助の顔をまじまじ見るも、大真面目な表情の三之助。

「俺が作兵衛のこと想ってるから、作兵衛のあごに出来ものが出来ちゃったんだ」
「は?」
「だから、俺が作兵衛のこと好きだから作兵衛のあごに出来ものが」

目の前で真面目な顔をして言う三之助。ダメだ、頭が追いつかない。

「何を馬鹿なこと言ってんだ。冗談は顔だけにしろ」
「ひっでーな。俺の顔は冗談じゃないぞ。ってか馬鹿なことじゃねえよ。作兵衛のその出来もの、想われなんだろ?」

三之助の指がニキビに触れた。じわりと痛みが広がる。

「俺も額にあるんだ。作兵衛のと似たやつが」

三之助の額に目がいく。ぽつと小さな出来ものがある。赤く腫れたニキビ。

「俺は作兵衛のこと想ってるから、額に想いが出来たんだと思う。で、俺が想ってるから作兵衛に想われが出来たんだ」

自信満々なその顔にでこぴんをくらわした。

「っ、いって!なんででこぴんすんだよ、おれ額に想いが出来てんだぞ!?」
「うるせえ!患部は外しただろ。あと想いとか言うな!」

三之助の腕を掴んだまま引っ張り教室を出る。「なんで怒ってんの?」と言いながらついてくる三之助を無視してずかずか歩く。

想ってるからだとか想われだとか、なんでこいつはそんなことが平気な顔で言えるんだ。ありえねえ。

「作、もしかして照れてる?」

ああくそ。三之助にだけはこの顔見られたくない。

「うるせえ、あほ!黙っとけ!」
「まったく照れ屋なんだから」
「黙れって言ってんだろ!」

怒鳴りつけると、本当に静かになった。どうしたんだと不思議に思って、ちらりと振り返ると三之助は笑っていた。へへ、と気持悪い笑顔を浮かべている。

「なんだその顔」
「作兵衛の愛情表現は難しいけど、そんなとこが可愛いなと思って」
「っ、お前、ほんといい加減に、」
「あ、顔真っ赤」
「黙れあほ!」

なんでこんなヤツの言動で、こんな気持ちになるんだ。自分がわからねえ。畜生、何が想い想われだ。明日数馬に会ったら文句言ってやる。そう決意して歩を進める。外へ出るとおだやかな風が吹いていて、ほてった顔に心地いい。掴んだ手はやけに暖かかった。

20100818



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