※タイトルと中身が関係なく左近が出てきません。





放課後、珍しく一人になった。
左近も久作も四郎兵衛も委員会や当番や登山で不在。宿題でもやるかと長屋で一人教科書を開くもある問題に詰まってしまう。ああ、こんな時あいつらがいたら訊けるのに。なんで居ないんだよ。

筆を放り出して床に寝転がる。暇だ。宿題しかすることがない。

床のしみをひたすら数えるという面白くもなんともない暇潰しをしていたら、だんだん瞼が重くなってきた。あ、寝る、と昼寝を決意したその時「川西左近先輩はいますか」という声が障子の向こうから聞こえてきた。

「すみません、誰かいませんか」

なおも続く呼び声に、しぶしぶ体を起こして障子へ向かう。誰だよ、こんな時に。

「今、開けます」

障子をひくと、そこには水色の制服を着た茶髪の奴がいた。

「なんだ、一年坊主か」

折角いい気持ちで眠れそうだったところを起きたのに、相手が一年坊主だなんて起きた甲斐がない。

「えっと、確か一年い組の……」
「黒門伝七です」

詰まった後を引き継ぐ形で黒門伝七は名乗ると「川西左近先輩はいますか」と無表情で告げた。

「左近なら委員会で薬草を取りに行くとかでいねーよ。左近に何の用だ?」
「さっき廊下で野村先生に頼まれたんです。忘れ物だから川西先輩に届けてほしいって。不在なら仕方ありませんね。これ、渡しといてもらえますか」

そう言って差し出してくるのは教科書。

「わかった。左近に渡しとく。じゃあ帰っていいぞ」

教科書を受け取って、しっしと手を振り払い帰れのジェスチャーをする。黒門はムッと顔をしかめると、ニヤリと不適な笑みを浮かべた。

「にしても、二年生も大したことないですね」

黒門の言葉に振り払う手が止まる。

「二年い組にはなかなか優秀な生徒が揃ってると聞いていましたが、まさか教科書を忘れる人がいるなんて」

嫌味をたっぷり含ませて言う黒門。自分の眉尻がぴくぴく動くのを感じる。なんだ、こいつ。

「噂で聞いた話ですが、池田先輩は特待生だそうですね。成績も優秀だとか。ま、こんな馬鹿ミスをする人と同室なら、池田先輩が特待生って噂もきっとガセですよね」

目の前で嫌味な笑顔を浮かべ、つらつらとまくしたてる黒門。教科書を持つ手にぎゅ、と力が入る。

「お前、なんだ?」
「何って、僕は黒門伝七ですよ。さっき名乗ったばかりです」

もう忘れちゃったんですか、とでも言いたげの表情にカチンとくる。この常に自信たっぷりですみたいな顔にむかついて仕方ない。

「なんでそんなにつっかかってくるんだよ」
「つっかかってませんよ。僕は事実を言ってるだけです」
「はあ?ガセじゃねえし、左近は馬鹿じゃねえよ。何言ってんだ、お前。一年はやっぱりアホの集まりだな」
「な……僕は成績上位者ですよ。は組なんかと一緒にしないでください」
「一緒だよ。一年坊主はみんなアホだ」
「だから一緒にしないでください」

黒門の顔から笑みが消え、苛立ちの表情が浮かんだ。

「僕は優秀ない組のエリートです。アホのは組なんかと一緒にされるなんて冗談でも許されない。撤回してください」
「うるせーな。大体お前、一年坊主のくせに生意気なんだよ」
「そういう先輩はちょっと年が上だからって偉ぶりすぎじゃないですか。この僕を邪険に扱うなんて」
「お前の方こそ、先輩に対してその態度はないんじゃねーの」
「先輩が僕を馬鹿にするような態度だからです。先輩こそ、もうちょっと後輩に優しくしようとか思わないんですか」
「思わない」

即答したら呆れた顔をされた。なんで俺がこんな奴に呆れられなくちゃいけないんだ。

「呆れますね。二年生ってほんとに意地が悪い」
「当たり前だ。後輩なんかに優しくするかよ。アホの一年なんか知ったこっちゃない」
「だから何度も言うように僕は優秀ない組のエリートなんです。そんな僕に向かってアホだなんて、本当に信じられない。さっきから僕を下に見すぎです」
「だって下だろ。一年より二年の方が偉いんだから」


そのまま互いに無言でじりじりと睨みあう。ぜったい先に目をそらすもんか、と目力をこめる。先に目をそらしたのは黒門だ。ふ、と鼻で笑いながら目をそらされる。こいつ……一年のくせに俺を鼻で笑いやがった。

「ま、大人気ない先輩に何言っても無駄ですね。今日のところは勘弁してあげますよ」
「先輩に対して上から目線でしゃべるんじゃねえ。お前態度がなってないぞ」
「先輩こそ、僕への態度に問題があります」
「俺は先輩だからいーんだよ」

そこでまたひと睨みきかせると、黒門はふん、と鼻を鳴らして一歩下がる。

「忘れ物も届けたことだし、僕はもう帰ります。こんなとこに長居しても時間の無駄ですしね」

忘れ物の部分を強調して言う黒門。どこまでも嫌味で、その顔に蹴りをいれたくなる。

「ああ、とっととアホアホの一年長屋に帰れ。もう二度と来るんじゃねーぞ」
「だから僕は成績優秀ない組の一員です。二度とアホだなんて言わないでください」
「いいから帰れ」
「言われなくても帰ります。失礼しました!」

勢いよい音をたてて障子が閉まった。なんだよあの一年。くそ生意気ですっげーむかつく!
怒りにまかせて右手で床を叩きつけると、パシンと乾いた音が鳴った。拳で叩いた時のような鈍い音じゃない。
不思議に思って叩きつけた手を見ると、そこに握られてるのはしわくちゃになった左近の教科書。どうしてしわくちゃなのか。それはおれが握りしめてたから。どうして握りしめてたのか。黒門と話してる間、沸き上がる怒りを抑えるため。どうして少し折れまがっているのか。俺が今さっき怒りに任せて床に叩きつけたから。

「………」

ごめん、左近。教科書ぐしゃぐしゃになっちゃった。


20100818.end



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