点検も終わり、さてこの後の時間は何をして過ごそうかなと火薬庫を出たところで、わいわいぎゃあぎゃあ騒がしい声が聞こえてきた。なんだ?と思い声が聞こえてきた方を見ると、ボロボロになった乱太郎ときり丸が「逃げろ!」とかなんとか叫びながら走っている。なんだ、アホのは組か。

あんな奴らの騒ぎにうっかり巻き込まれるのはごめんだ、はやいとこ部屋に戻ろう。そう思って歩きだしたその時、覚えのある笑い声が聞こえてきた。さっきまで乱太郎ときり丸が騒いでいた場所からだ。

ちょっと考えて、部屋に戻るのを後回しにする。考えてみると、その声の主には久しく会っていない。まあ、好んで会いたい人物ではないし、いや、むしろ出来ることなら会いたくない奴だけど、なんてったって久しぶりだ。

「あはは、ホントばかね!」と高笑いしてる後ろ姿にそろそろと近づく。一人で高笑いしてるお前もバカだろ、滝夜叉丸かお前は。
とまあ、そんな事思いつつ、ゆっくりゆっくり歩を進めて、もうすぐ背中に手が届くというその時、「誰」と一言、そいつはくるりとこちらへ体を回転させた。

「あら、誰かと思えば三郎次じゃない」

高めの澄んだ声に紺色の髪、桃色の忍装束。

「久しぶりね。こんな所で何してるの?」

トモミはきょとんとおれを見ると、すぐにその表情を笑顔に変えた。嫌な笑顔だ。この笑顔に何回騙されてきたか。

「そうだ。お団子作ったの、食べてみない?」

そう言って差し出してくる団子。普通に美味そうなその三色団子は渡してくる相手がこいつじゃなけりゃ喜んで受け取っていただろう。だけど目の前にいるのはトモミだ。最悪なくの一教室の中でもきわだって最悪な女。

「その手にはのらねーよ」

そう言うと、トモミはあからさまにがっかりした顔で「おもしろくなーい」と呟いた。

「やっぱりひっかからないか」

勝手なことを言いやがる。そうそうひっかかってたまるか。こっちは去年さんざんやられたんだ。

「去年はあんなにひっかかってくれたのになあ」
「当たり前だ。何回もひっかかってたまるか。俺らは去年で学習したからな」
「くの一教室には近づくなって?」
「ああ、俺ら二年で誓ったんだ」

真剣なおれにクスクス笑うトモミ。こいつは自分の恐ろしさをわかっていない。くの一教室のせいで、去年体と心に傷を受けた級友がどれだけいたことか。涙をのんだあの夜。ああ、思い出したくもない。

「そんなに私達がこわい?」
「俺が女をこわがるわけねーだろ。近づきたくないだけだ」
「ふーん」

トモミはにやにや笑っておれを見る。全部見すかしたかのような笑み。あーもう、だからこいつは苦手なんだ。

「でもほんと。最近三郎次達がひっかかってくれないから面白くないのよね」
「よく言うよ。さっきも一年坊主をからかって遊んでたくせに」
「アンタ達がつまんないからよ」
「だからって一年に手出すかあ?」
「あら、アンタに言われたくないわ。いつも乱太郎たちに意地悪してるくせに」

う、と言葉に詰まる。痛いとこをつかれた。

「ほら、言い返せないでしょ」
「うっせ」
「あーあ、最悪な先輩ね」
「トモミに言われたくない」
「あ、そうだ」

そこでトモミは懐から葉っぱの包み(にぎり飯を包む時によく使われるやつ)を取り出すと、紐をといておれに差し出した。

「これ食べない?ユキちゃんとおシゲちゃんと一緒に作ったんだけど」

団子。さっきと同じ三色団子だ。

「いらねーよ。その手にはのらないって言っただろ」
「あ、これは違うの。さっきのはユキちゃん達と作ったイタズラ用のお団子だけど、これはアタシ達用に作った美味しいお団子」

嘘としか思えない。きっとこうして油断させる作戦だ。

「あとでユキちゃん達と一緒に食べるんだけど、一個くらいなら三郎次にあげるわ」
「なんで美味しい団子をおれにくれるんだよ」

何が目的だ、こいつ。
警戒たっぷりに睨みつけると、トモミは呆れたように溜め息をついた。

「そんなにわたしが信用できないの?」
「できない」
「傷つくなあ」
「嘘つけ、鉄の心の持ち主のくせに」
「三郎次の為に作ったのになあ」
「嘘つ、」

固まった。言葉の先が出てこない。こいつ、今なんて言った?

「三郎次に食べてほしくて作ったのに」

なんて返したらいいかわからない。口がぱくぱく動く。畜生、おれは酸欠の金魚かよ。
トモミはにこりと笑うと「三郎次口あけて」と言う。言われるまま口を開けると、団子が転がりこんできた。いきなり口に入ってきた団子に目を白黒させてると、トモミは実に楽しそうに満開の笑顔を咲かせた。一瞬、みとれた。でもその後の言葉で即、我に返る。

「ばーか!嘘に決まってんでしょ」

そう言ってけらけら笑うトモミ。くそ、やられた。こいつはこーいう奴だ、こーいう奴なんだ!

「っ、てめえ!」
「三郎次もからかったことだし、そろそろくの一教室に戻ろっかな。じゃあね、三郎次。久しぶりに話せて楽しかったわ」

「待て!」と叫んだ時には既にトモミは塀に腰かけていた。

「てめえ降りてこい!」
「折角あげたんだから、味わって食べるのよー」
「ごちゃごちゃ言ってないで降りてこいって言ってんだろ!」
「ばいばーい」

手を降って向こう側に消える姿に舌打ちする。あーあーもう!やっぱり近づくんじゃなかった、久しぶりだとか思って近づいたおれがバカだった。

「くそ」

むかつくけど、すっげー腹たつけど。さっきのトモミの笑顔が離れない。花が咲いたみたいだった。柄じゃないけど、本当にそう思った。

口の中が甘い。甘い物好きなアイツら手製の団子のせいだ。普通の団子よりも甘い。だだ甘。

「あーもう」

こんな甘いの、ありえない。胸がやけそうだ。


20100819



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